エンドー帝国  カンボジア撮影日記

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2006年 10月 31日

1031:骨髄移植について

看護学生の担当看護婦さんに、
「今日の骨髄抜くの、学生さんみんな勉強して来てるので見学させてくださいね」
と言われた。
見学はいいんだけど、醜態見せるから嫌なんだよなぁ。
「断れるんですよね??」
と言ってみる。
「じゃぁ、後で返事聞きに来ますから」
と出て行った。

10時半に骨髄液を抜くので、時間前に食堂へ逃亡。
部屋の前には既に器具を乗せたワゴンが置いてあった。
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外の景色を見て時間を過ごす。
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部屋担当の今日の看護婦さんに見つかり、「学生さんが検温で探してましたよ」と5人くらいの看護婦さん、学生に囲まれて部屋に連れ戻される。
部屋には既に学生が待ち構えていて、血圧計ってる間に先生やって来た。
見学してる看護学生に「具合悪くなったらナースコールで呼んでね」と担当看護婦さんが言う。
「も、もう具合悪いです…」
と訴えるが相手にされず。
おしりぺろんと出して麻酔。
ちくっと痛みが。
もう既に頭は汗でぐしょぐしょ。
注射数本目から麻酔で痛みもなくなる。
そしておしりにぐりぐりという感触。
「遠藤さん深いから」
数度に渡り骨髄液を抜くが、抜けない。
「うーん、胸からの方がいいですね~」
「胸は、いやぁ~」
「じゃぁ、もう1回後ろからやりましょう…うーん、やっぱりダメですね。前からやりましょう」
嫌々前向きになる。
「きゅ、休憩…」
5分ほどの休憩になる。

再開。
上半身に医療用の布かぶせられる。
「く、くさい…」
ビニールのにおいが鼻をつく。
胸元に麻酔の注射。
尻や腕よりも痛みがある。
「イテテテテ」
液が体内に入ってくる時の違和感。
2本目から痛みも薄れる。
そのままぐりぐりという感触。
麻酔が効いているから痛みはない。
「もう1分半もあれば終わりますからね~」
胸に力が加わる。
「今抜きますからね」
前回のような体内から強く引っ張られる感覚はない。
「はい、終わりましたー」
胸元を消毒し終わる。
大きく隠すようにガーゼが貼られた。
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30分ほどそのままでいるように言われた。
胸はさほど痛まないが、腰は前回同様スノボで転んだような鈍痛が響く。
それでも午後はいつも通り散歩。

昔お世話になった公文の先生がやってきた。
アフロのヅラかぶって写真を撮る。
まるで和田ア●子のようだった。
迫力満点。

夕方、専門学校時代の同級生のヤスヤスとスナオ姉さんと久子ちゃんが来てくれた。
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スナオ姉さんと久子ちゃんは先日の姉さんの結婚式以来、ヤスヤスは去年の卒展以来だ。
ヤスヤスの話だと、昔ADやってた頃の皆さんにも連絡行ってるようで、懐かしい話がいろいろと出た。
ヅラかぶって変な顔したら、どっかの馬鹿将軍みたいになっちゃった。
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ヤスヤスからはなんと、HD、キーボード、USBハブなどなど、「アムロよ、これをガンダムに着ければパワーアップするぞ」とサイド7から宇宙に放り出された酸素欠乏症の親父が言ってた以上のパソコン増強パーツ群。
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これでPCのマグネットコーテンィグもバッチリだ!!

会社の先輩カメラマンの篠塚さんと記者の奈美さんが来訪。
そこへ弟と弟の大学時代の友人とおかんも揃ってやって来て、さらに家族が来次第今後の治療についての話があったので、申し訳ないけれども病室で待ってもらって先生のところへ。

とりあえず第1フェイズの抗がん剤治療は、50-60%だった白血病細胞を1%まで落とすことができて成功だった。
そして、弟の血液検査の結果、通常は5、もしくは6合わなければならない型が3っつしか合わないかったので、弟で骨髄移植をする可能性はまず消えた。
そして、俺の状態が、良・並・悪のランクだと、俺は「並」だそうだ。
良の場合は今後の地固め療法という治療法だけで大丈夫だそうだ。
逆に悪の場合は、骨髄バンクでドナーを探し、すぐに移植という方向らしい。
そして、俺の「並」の場合、もし家族で適合者がいれば移植を薦めるが、適合者がいない場合、移植はせず地固め療法で様子を見るべき、というのが3人の先生の見解らしい。
例え、ドナーで適合者がいても、弟に比べたら「他人」を移植するので、皮膚病やら内疾患的な病気に一生付きまとわれることになるらしい。
危険なばくちをして、体にわざわざ爆弾を抱えることを考えると、やはり行けるところまでは地固め療法で行きたい。
それでもダメな場合、最終的にドナーに頼るということも可だそうだ。

いつかカンボジアに戻ることを考えると、やはり体に爆弾を抱えたくないのは本音だ。
良くもなく、悪くもなく、みごとに中途半端な俺らしい結論といえば結論だが、正直すぐに移植でないことにほっとした。
血液型が変わるのは知っていたが、「無精子」になってしまい不妊になるのは知らなかった。
もし、弟が適合し、治療も順調で、受け入れ態勢もOKだったら春には移植になるかも・・・そう考えたら、正直気持ちの整理もつかなかった。
俺は、子供好きだから、子供は欲しいと思ってはいるけど、こうゆう病気だと精子バンクも利用できるらしい。
精子バンクからってなんか味気ないなぁなんて考えてしまって…
でも、治療方針として、「骨髄移植はしない」という方向に決まったので少しは気が晴れた。

今まで何人もの人が「骨髄バンクのドナー登録したよ」と言ってくれた。
感謝です。
しかし、これで全く移植をしないのではなく、もし地固め療法で再発したら、「最終的に骨髄移植」という選択肢を残したのだ。
俺も最初はテレビドラマで見て、「絶対骨髄だけは移植提供したくない」と思っていたが、実際白血病にかかって、何度も死ぬかもしれない、と思った。
夜、暗くなった部屋で、ちょっとでも悪いことを考えると、それが雪ダルマ式に膨れ上がり、自分がこの病室で死ぬことを何度も想像してしまった。
意識があるのに病気で体が弱って死んでいくという恐怖。
白血病になって思ったのは、ただ毎日過ごす日常が、大事に思えたこと。
俺は、中学の同級生で一人白血病で亡くなった友人がいる。
そして、去年亡くなった本田美奈子。
身近と、有名人でこの病気で亡くなった人がいると考えると、治った人がいてもやはり自分が死に近いことを実感してしまう。
俺はまだまだ生きたいと思った。
それは、この病気で苦しんでいる人、皆そうだと思う。
この病気に俺がなったことで、今まで白血病と無縁だった人が、少しでも身近な病気だと感じてくれたとは思う。

俺はとりあえず骨髄移植しない治療で進めるけど、骨髄移植を待って、死の恐怖におびえている人が知らないところにいます。
白血病患者に、生きるチャンスをください。
あなたの勇気が、知らない誰かを助けるかもしれません。
一人の命を救うだけでなく、その人に関わりを持つ、数百人の人にも幸せが訪れます。
ドナー登録にご協力お願いします。
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by ong-bak | 2006-10-31 22:49 | 写真日記
2006年 10月 31日

プラダック

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よく写真を撮影して持っていく村がある。
そのひとつがプラダック村。
いつからかは、はっきりと覚えていないが、5年以上の付き合いになると思う。
バイクで村の中を走り、いつもの民家の前で停車すると、村人が顔を出し、小さい子供たちが走ってやって来る。
「ほら、あの日本人が来たよ、写真撮ってもらいな」
とでも言っているのだろうか。
鼻タレ小僧がわーっと走ってやって来て、「トートループ!(写真!)」と大合唱。
カメラを取り出して、レンズを向けると、じりじりと近づいてくる。
構えていたカメラをさっとどけて、「ウバァ~~っ!」と変な顔して叫び声を上げると、驚いた子供たちは笑いながら逃げていく。
蜘蛛の子を散らしたように逃げた子供たちの中で、度胸のある子供は、背後からそ~~っと近づいて背中にタッチして逃げて行く。
振り返ると、ぴゅーと走って逃亡中。
その隙をついて、今度は別の子供が後ろをタッチしてまた逃げて行く。
振り返るとまた別の子供が・・・

お遊びの時間が終わるといつものように写真を配る。
写真をもらった子供たちは嬉しそうにはにかんで、自分の姿が写った写真を手にしていた。
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by ong-bak | 2006-10-31 14:01 | カンボジア写真
2006年 10月 30日

1030:サイゴンのかなえさん

嫌々採血。
今日から学生さんがまた来るらしい。
今度は1年生。
はたのさんがもう「わたしが見たポル・ポト」を読んだらしいので、朝から読み通した。
看護婦さんが掃除に来て、部屋から出てた方がいい言われたので、アフロで廊下に出ると、ナースステーションで馬鹿ウケ。
点滴にアフロを被せておく。
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先生が朝の採血の結果を言いに来る。
白血球4600、血小板は16万だそうだ。
「明日骨髄液取りましょう」
NOォォォォォォ!
尻を指して、「ここからやりましょう、こっち側でもいいですよ」と前回と反対を指す。
NOォォォォォォ!
「胸からでもいいですよーーー」
嫌ァァァァァァァ!
「じゃ、明日10時半からやりますねー」
「大丈夫、ですよ。痛くないですよ、やったことないですけど」
と看護婦さんに慰められる。

廊下に学生が来た気配を感じたので、慌ててアフロ被ってメールをしていると、指導の看護婦さんが入ってきて大爆笑。
「その姿で待ってたの?」
「もちろん!」
「じゃぁ、全員入れるわね」
とぞろぞろと看護学生が部屋に入って来た。
「自己紹介してください」
と指導の看護婦さんが指示したので、
「エンドウシュンスケです!」
と先手を打つ。
ぐっふっふっふっふ。
いつも通り病棟を10周、サイクルマシーンを漕いで汗まみれ。
いいともの後半からうとうとして夕方まで寝てた。

部屋に風呂の順番のカードが来ていたので風呂へ。
やっぱり気持ちいい。
風呂から出ると、ナースステーションの前にかなえさんが来ていた。
2000年くらいにサイゴンで会ったおねーさんで、それからサイゴンでまだ滞在してたり、2回ほどバンコクの宿でばったり会ったり、日本で会うの初めてだけど、頼れる姉御だ。
旅行者に中には、日本で会うよりも、現地で会う機会の方が多かったりする。
バンコクでばったりとか、シェムリでばったりとか、サイゴンでばったりとか。
そんな時はたいてい「あ~!何やってんの!!」みたいな再会になる。
と、そこへ見慣れない男性が。
うちの大学の卒業生で、俺が卒業する時仕事する気ないのを見かねた某先生が紹介してくれた、某音楽雑誌での仕事のきっかけになった吉澤さんだった。
某音楽雑誌の担当者さんが、吉澤さんと前の職場で一緒で、人を探していたのが先生の所に話が行って、俺が呼ばれたという経緯で、直接お会いするのは初めて。
病室にはタイミングよく、カンボジアとタイから小包が届いたので開ける。
初めて税関で開封されたのをもらった気がする。
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ちゃんと仕事してるのね、税関。
カンボジアからは、先日撮影したお菓子が届き、タイからはAnnからだった。
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せっかくなのでお菓子はおすそ分け。
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by ong-bak | 2006-10-30 23:40 | 写真日記
2006年 10月 30日

ロリュオスの南

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アンコールに都が遷都される前の都、ロリュオス。
シェムリアップ市内から30分ほど東に位置するが、主な観光地はバコン、プリア・コー、ロレイの三ヶ所。
バコンの西側の道を少し走ると、すぐに南へ下る道がある。
プラサット・プレイ・モンティという遺跡が道からちょっと東の藪の中にあるが、ここまで来ると訪れる人も少ない。

さらに南へ。
森の中の村を紡ぐように、田んぼの間のあぜ道が続く。
村人は、バイクで走り抜ける外国人を珍しそうに見ている。

この辺りは、バイクを乗り回すようになってから、最初に遺跡を探し始めた場所だ。
今でも比較的よく訪れるエリア。
十字路をそのまま南に走りぬけ、集落の中を道が西へカーブする。
集落の森を抜けると目の前には田んぼが広がっていた。
雨季ならではの青々とした景色が広がる。
田んぼの中で作業をする青年がいた。
橋の上で立ち止まったこちらに気づくと、彼はにっこりと笑みを浮かべた。
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by ong-bak | 2006-10-30 22:48 | カンボジア写真
2006年 10月 29日

1029:最強ガンダム芸人

夢を見た。
小船でトンレサップを下って、そのままベトナムへ。
さらに北上し、辿りついたのは香港。
地下鉄がビルの壁を上下に走るくらい近未来化。
そこでなぜか相撲取りにサイレンサー付のソーコムと戦闘用のナイフを譲ってもらうが、両方入るホルスターは「ダメ」と譲って貰えなかった。
ソーコムはどうゆうわけかMP5よりでかかった。

ここで巡視で目が覚めたのか、看護婦さんが点滴チェック。
再び眠ると、第二幕。
そんなDVDみたいな機能いらないから。

場所は移って日本。
平屋の子供がいっぱいる学校のような場所にいる俺。
ついに始まった北朝鮮のミサイル攻撃。
すげーよ、北朝鮮。
金ないから人民が素手で投げてる。
素手で投げてるもんだから山の山頂付近でちらちらと見えるだけ。
でもたまにすごい腕力の奴がいるらしく、施設の天井を突き抜けて来る。
逃げる子供たちに「地下室はダメだ」と言うと、空から北朝鮮のヘリコプター(しかも超旧式、まん丸いタイプ)がV字編隊で飛んできた。
カメラアングルは俯瞰で立ち尽くす俺が手前、空にはヘリという構図で目が覚める。
意味不明…もう、続かないでいいよ。
第三幕はいらんっす。

外は雨。
先生は髪の毛濡らしてやって来た。
自転車で来たらしい。
風邪には気をつけて下さい、本当に。
年末年始、ここで過ごさないでいいように予定を立ててくれてるらしい。
一気に詰めてあと2サイクル治療を進めるか、ちょっと長めの休みを入れつつ、年末を迎えるか。
でも、歯も治さなきゃいけないなら、結局は長めの休みのサイクルじゃなきゃダメなんじゃないかと先生が帰ってから思った。

ガンダム芸人がいること知って早速youtubbeで検索。
回線細いから30分以上も掛かるけど我慢我慢。
教習所行ったり運動会やったりバイト先の店長がブライトさんだったり、笑える。
こないだのガクトのモノマネもうまかったけど。
今日も病棟を10周歩く。
やっぱり汗をかく。
昨日よりも地に足がついた感じだ。

午後、売店でイチゴチョコアイスとカルピスウォーター買って外へ。
外のボコボコしたブロックを点滴台引っ張って歩くのがしんどいから肩に担いで日の当たる場所に腰掛ける。
久々の光合成。
全身に活力がみなぎる(んなわけねーだろ)。
イチゴチョコアイスなんか食った後にカルピスウォーター飲んだら、味が変だった。
病室に戻って、ベッドに横になっているがやっぱり首痛い。
それを言うと、看護婦さんがビーズ枕を持って来てくれた。
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ああ、こりゃ楽だ。
柏木ミユキングが劇場版ZのⅠとⅡを持参してくれた。
これでしばらく1年戦争、グリプス戦役三昧。
アフロのヅラももらっちゃいました。
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by ong-bak | 2006-10-29 12:40 | 写真日記
2006年 10月 28日

1028:滅菌解除

枕に首が当たるところが痛いと訴えると、「じゃぁ、今日から滅菌解除にしましょうか。運動してください」とのこと。
イヤァッホ~!
外に出れる。
約2週間ぶりの外の世界。
恐る恐る扉を開く。
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ばったり隣の病室のおばさんと出くわした。
「どう?」と尋ねられる。
思ったより楽だったとの答えに、「そう、よかったわね~」と言っていた。
病棟をぐるぐる回る。
2週間も横になってたこと初めてだから、さすがに足がふらつく。
1日寝てたってけっこうふらつくのに。
滅菌前から入院してた患者さんに、「出れたのね、よかったね~」と声を掛けていただいた。
おじさんは「(坊主の方が)カッコいいぞ」と言ってくれた。
ぐるぐる10周も回るとさすがに暑いし疲れた。
部屋に戻って昨日途中だったガンダムの続き。
抗生剤持ってきた看護婦さん(同世代)に「あら、よかったじゃん」と言われた。
滅菌が解除になったので掃除も掃除のおばちゃんに戻る。
おばちゃんにも「よかったですねぇ」と言われた。

1時ちょうどに友香さんが来てくれた。
ナースステーション前でマスクを被るようにジェスチャーで指示される。
久しぶりに動けるから1階まで降りて売店へ行き、ジュースを買う。
久々に外の空気を吸いに外へ。
想像してたほど寒くはなかった。
初めて10階の食堂へ行ってみる。
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10階の窓からは8階よりも遠くが見えた。
病室から見えた船のイルミネーションは護衛艦だった。
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観艦式があるらしい。
こないだまで特設テントでやっていたサーカスの会場は、既に鉄筋が組まれているようだった。

前、アキバのヨドバシ前で路上ライブをやっていた「こころね」という2人組みのCDをネットで買って来てくれた。
彼らの「この雪が溶けてしまうくらいに」という曲をヨドバシの前で聞いたとき、すぐに7月に錦糸町の駅前で歌っていた2人だ、と思い出した。
ゆっくりと流れるメロディーに、心の奥に届く詩。

今から8年前だっただろうか。
忘年会で珍しく飲んで、横須賀中央を歩いていると、Yデッキの下から歌声が響いていた。
なぜか気になって、翌日から夜横須賀で彼らを探した。
やがて、金曜日に歌っているということが判った。
それから毎週金曜日、俺は横須賀中央に彼らの歌を聞きに行った。
彼らは男性2人+女性という「ドリカム編成」ではあったが、違ったのは決して女性だけがメインでないこと。
当時は「ゆず」が人気絶頂だった。
ゆずのような男性2人のハーモニーに、スパイスのような女性のコーラス。
街中「男性2人の路上ギター」が氾濫するなか、彼らのトリオは違った。
口コミで広まったのか、回を重ねるごとに観客は増え、段々と彼らもオリジナルの曲をメインに歌うようになった。
観客の中に、自宅でレコーディングできるという人がいてCDを作ったり。
俺は毎週ビデオと写真を狂ったように撮ったり。
俺たちも素人ながら、ブラウン管に映る彼らを見たいと思ったに違いない。
彼らはそれだけ魅力的だった。
もちろん、歌だけでなく人柄も。
しかし、突然のメンバー脱退。
最後に同じ場所で行われたサヨナラライブは、100人以上の人が集まった。

今でも、その場所の前を歩くと、歌っていた彼らと手を叩いていた俺たちが見えるような気がする。

いい曲は耳で聞くものではなく心で聞くもの。
意識聞かなくてもそれは自然と胸に響き渡る。

「こころね」の曲を聞いた瞬間、心の奥底でそんな昔の記憶がよみがえった。
今回の入院がきっかけで多くの人とのつながりを認識できた。
夜の横須賀で歌っていた彼らとも、再びネットを介して再会することができたことには白血病に感謝かもしれない。

早速そのCDをパソコンで聞く。
やっぱり、「この雪が溶けてしまうくらいに」を路上で聞いた時のイメージが強く、どうしてもリピートしてしまう。

久しぶりに入浴許可が出たので風呂へ。
最初に湯船にお湯を溜めておいたので、久々にゆっくり湯船にも浸かれた。
服を着て外に出て、看護婦さんに「ドライヤーください」というと「はい」と普通に手渡される。
「んもー突っ込んで欲しいのに~」と言うと、「私はそのまま使ってほしかったんだけど」と言い返された。
うう、あちらが一本上手だったか、悔しい。
ふと頭を触ると、毛がないくせにシャンプーが落ちきってない。
看護婦さんも触るとペタペタしていて「もう一回洗っておいでよ~」と言われた。
めんどくさいけど風呂へ戻る。
パジャマを脱ぐ時かかとに違和感。
見ると今までカサカサだったかかとの部分がふやけてる。
風呂場で爪を立ててこすると、綺麗に剥がれ落ちる。
頭もシャワーでしっかりと洗って部屋に戻った。
風呂入ってる間に友香さんが納豆巻きを買ってきてくれて、食べたらもう仕事の時間。

弟の「滅菌解除になったならさくら連れてけば?」とのことで、さくらを連れてくるという。
犬好きな看護婦さんに伝えると7時半なら勤務が終わるからとのことでその時間に来てもらうことに。
長々と直接ブログにここまで書いていたら消えてしまいやる気ナッスィング。(だからここまで全部書き直した)
着いたと言うので看護婦さんに声かけて1階まで降りる。
ほぼ1ヶ月振りにさくらとの再会。
玄関の自動ドアの向こうに、もこもこしたさくらが見えた。
外に出てさくらの前に立つが無反応。
なぜだ!
確かに7月に坊主にして帰った時はギャンギャン吠えられたけど。
看護婦さんや通りがかりの人には尻尾を振る(メスのくせに女好き)のに、俺とは目も合わせようとしない。
おかんに尻尾をぶんぶん振って抱けとせがむ。
マスクを取って、おいでと言っても来ない。
おかんが病室へ荷物を届けに行ってる間は、ずっと建物の中を見てるし。
お手をさせると、目も合わせず両足を交互に出すけど上の空。
カンボジアに2ヶ月行ってたってそんな態度取らなかったくせに。
「私は好きじゃないのよ」
と言うくせに勝ち誇った笑顔のおかん。
「じゃぁ~帰ろうか~」
「まだ面会時間終わらないだろ!待て」
おかんが柱の影に隠れると必死に探すさくら。
ああ、そうか。
お前はそんな犬だったのか。
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タケオで飼ってたチュモーでさえ、半年振りくらいにスターマートの前で見かけた時、佐々木大先生とタ・ソムからタケオに移動してて、あの馬鹿犬でさえこっちに気づいてガソリンスタンド横切って飛びついて来たのに…
マンチだって花火にびびってドミまで上ってきて、俺のベッドの上に勝手に人の顔の上横切って(キン○マ当たるっつーの)震えてたのに。
さくら、お前はそんな犬だったんだなとかなりショック。

踊るレジェンドは眠くて1時間で録画して寝た。
やっぱりテレビでだとつまらん。
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by ong-bak | 2006-10-28 11:42 | 写真日記
2006年 10月 27日

1027:愛ちゃん登場

頭痛くて目が覚める。
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太陽が昇るところ。

昨日で終わりの予定だった白血球増やす注射3本目。
点滴の交換と一緒に打ちに来た看護婦さんに
「もう大丈夫ですから」
と布団かぶって訴えるが当然却下。
注射打たれて午前中おとなしくしている。
いいとも→ごきげんよう→紅の紋章と見て、検温すると一気に熱下がって35度台。
昨日の続きで成田離婚やるのかと思ったらポンキッキ。
こんな時間にまで追いやられて…
ガチャピンが電車を洗車。
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改めて機関車トーマス見てるとその精巧さが素晴らしい。

夕方、カンボジアから帰国中の愛ちゃん来訪。
まりもっこり最高。
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北海道で流行ってるらしい。
おかんが来て、前に頼んでおいた「私が見たポルポト」を持ってきてくれた。
かつて、カンボジアの内戦時に一ノ瀬泰造氏と一緒だった馬渕直城氏の本だ。
一ノ瀬氏の本にもその名前が記されている。
一度だけ、シェムリの元祖日本食屋「サンクチュアリ」でお会いしたことがある。
色々と話は尽きず、友香さんが仕事が終わってやって来た。
先日、ガンダムの話をしてたら、「ふっふっふ」と不敵な笑いを浮かべていたが、友達から借りてきてくれたらしく、劇場版Ⅰ~Ⅲを持ってきてくれた。
愛ちゃんとは東京のお世話になってるところと引越し前の住所、実家も偶然比較的近所だった。
巡回の看護婦さん来ないのをいいことに、8時半まで過ごして帰った。
恒例の原型を留めない馬鹿写真二連発。
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夜、テレビのコマーシャル中にネットをすると文字が読めない。
目がかすむ。
金曜ロードショーのデスノート見てから、早速ガンダムⅠを見る。
ガンダムとシャアザクの格闘戦の途中で寝た。
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by ong-bak | 2006-10-27 20:50 | 写真日記
2006年 10月 26日

1026:39.4度

明け方、体が火照るので熱を計ると38.8度。
そのままうつらうつらするが全身が暑い。
もう一度体温を計ると39度越えてる。
すぐにナースコールで来てもらい薬をもらう。
そのまま就寝。

朝起きると全身汗でぐしょ濡れ。
シーツもしっとり濡れていた。
採血して汗で濡れたパジャマを着替える。
腰が痛い。

朝飯も食べるじ気になるどころか、パンを一口食べただけで気持ち悪い。
寒気がするから湯たんぽを貰う。
全身から汗が吹き出る。
体温計ると39.4度。
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ああもうしんどい。
午後もずっと横になって寝て過ごす。
日本シリーズ見て、ニュース見て、昨日と違って早めに就寝。
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by ong-bak | 2006-10-26 14:12 | 写真日記
2006年 10月 25日

1025:ついに高熱発熱

朝から若干熱が下がらない。
だるくて横になったまま。
昼飯はハンバーガ自分で作らされる。
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横になっていると気がついたら夜6時。
水枕の水がお湯になっていた。
先生が来たので熱を計ると38.7度。
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すぐに抗生剤の追加と採血と注射と言われる。
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しばらくして抗生剤が効いたのか、熱も37度前半にまで下がって起きれるようになった。
友香さんがイッシーの本買って来てくれた。
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しばらくだるく横になっている。
今日も日本シリーズ見ながら横になる。
腰が痛い。
今日は弟の誕生日なので、それだけはメールでおめでとうと伝えた。
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by ong-bak | 2006-10-25 20:25 | 写真日記
2006年 10月 25日

ポル・ポトの作った海

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アキラ先生と地図を見ていて、クラランの北西部に巨大な池を見つけた。
それはあまりにも大きく、そして人工的な池だった。
「怪しい」
「何かありそうですね」
ということで、俺が様子を見に行くことに。
地図を見ながら西へ。
クラランまではしょっちゅう来ていたので苦ではなかったが、そこから先は未知の世界。
国道6号を何度も往復したことがあるので、見慣れた光景であるが、そこを自分で走るのはまた違う。

ものすごい土埃の国道をしばらく走ると、道の真ん中に糸を紡ぐ石造が立っていた。
ここから北上。
道は意外といい。
小一時間走ると、水に囲まれた大きな集落に出た。
「プノン・スロックに行きたい」
そう尋ねると、現地の人は口を揃えて
「ああ、トロピアン・トゥモーね」
と答えた。
なぜ、そう呼ばれるのかわからないまま、さらに北上し、巨大な池を目指す。
村人に言われるまま、バイクを走らせると古代橋があった。
近くにいた子供に橋の名前を尋ねると、
「…橋、その1」
と答えが帰ってきた。
どうやらここはかつての王道らしい。

さらにバイクを西へ進めると巨大な水溜りが現れた。
それは対岸が遥か彼方に見えるような巨大で、池や水溜りと言う言葉では表現できない、そうまさしくそれは海だった。
小高いコンクリートの建造物は堰で、溜まっている水を水路に排出していた。

堰の下に小さな小屋があり、軍人がいた。
ここから先にはまだ橋があるが、不発弾があるため行けないとのこと。
小屋の近くに掘られた穴の脇には、地雷注意の看板が立ち、穴の中には堀り出した不発弾が置かれていた。
軍人は「ここは、かつてポル・ポトが作ったんだ」と教えてくれた。

国内を破壊の限りを尽くしたポル・ポトの数少ない、現在も有効活用されている設備。
強制労働で建築されたのだろう。
そこは今、現地の人々の生活に欠かせない場所となっていた。
堰の上から子供たちがはしゃいで飛び込んでいく。

トロピアン・トゥモー、それは「石の池」という名の海だった。
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by ong-bak | 2006-10-25 11:52 | カンボジア写真