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2006年 02月 28日

0228:お寺新築記念祭

とりあえずブログの更新やらだらだらと過ごす。
10時前後から停電。
先生にクーラーボックスを借りたので問屋でビアラオ購入。
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バイクのエンジンの音も気になるので、点検へ。
「3時間後に来い」と言われ、近くのネット屋で3時間過ごす。
その後店に行くと、まだ修理中。
ギア部分を完全にばらして洗ってる。
店の子供やおばちゃんの写真を撮影し、横になったら小一時間寝てしまった。
「明日まで掛かるよー」と言われ、ふらっとタケオのバイタクがやって来たので乗せてもらい帰る。
まだ信号も停電で、商店街の伝記も落ちていた。
停電だしタケオの屋上から夕焼けを見ながらビールを飲む。
真っ暗になってから蛍光灯のスイッチを入れたら、電気ついた。
タケオで鳥の照り焼き丼食べた。タレうめー。
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お寺から花火がぼんぼん上がる。
マンチが花火の音を怖がって、ブルブル震えていた。
犬が花火の音を聞いて逃げたなんてよく聞くが、マンチの怖がり方は半端じゃなかった。
寺へ行ってみると、祭りを聞きつけてやって来たのか物凄い数の物乞いの列。
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ここぞとばかりに、小さな子供が「金くれー」と体をつついて来る。
本堂の中には深い穴が掘られ、皆そこにお金を投げ入れていた。
花火は普通に境内から上げていた。
竹の棒に大きなロケット花火を指し、火をつけてぶっ飛ばす。
日本みたいに危険だからと管制されるわけでもなく、竹の棒の周りに人だかりができていた。
定期的に打ち上げているのではなく、気が向いたらぶっ放すという感じだ。
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by ONG-BAK | 2006-02-28 19:12 | 2006春旅
2006年 02月 27日

0227:プノンペンからシェムリへ 激走国道6号線331キロ

プノンペンの朝の混雑は、シェムリ以上。
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今日はラッキーバーガーで朝飯。
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やって来た女性客は中国語しか喋れないようで、カウンターにいた中国語を喋れるクメール人のおねーちゃんが対応していた。
プノンペンに来ると、本当にここは中国語率が高いと実感する。
バンコクも中国語表記されている方だけど、プノンペンは中国語自体をかなり耳にする。
おねーちゃんに「中国語喋れるの?」と聞くと「ちょっとだけ」と言っていた。

宿に戻って荷物をまとめ、出発の準備。
王様のポスターはとりあえずここに。
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8時、シェムリに向け出発。
まずはモニボン通りを北上。
駅前で見慣れた車が…
シェムリでよく見かける大型ジープだった。
ナンバーが2222だから印象に残っている。
すれ違う時にナンバーが見えた。
シェムリアップナンバーの2222…よく見かける同じ車種ではなく、シェムリで見るその車だった。
なんだか、知り合いに偶然会ったような気分になった。
日本橋をぶーーんと登る。
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川に朝日が反射して輝いていた。
道沿いに走る。
ワゴン車の屋根に荷物を載せた車が多く走る。
しばらく走ると右側にフェリーのマークが。
メコン川を渡るフェリーがあるようだ。
見に行くか迷ったが直進する。
すると道端にモスクが現れた。
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道の右側にもモスクが。
どうやらチャムの村のようだ。
路地を入って行くと、学校があった。
突然の来訪者にざわめく子供たち。
後ろの離れの校舎からは窓から覗き込んでいた。
先生が出てきて授業を見せてくれた。
写真を撮らしてもらう。
わいわいと出てくる子供たち。
デジカメで撮影すると、ゲラゲラと笑い出す。
シェムリの集落同様、男の子は撮れ、撮れとせがみ、女の子はレンズの射軸をかわす様に逃げていく。
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後ろの校舎で覗いている女の子たちにレンズを向けると、ぎゃーーーと言って姿を隠す。
そして、そーーっと覗くので、またレンズを向けるとぎゃーーーと叫ぶ。
何度か繰り返していると、ぎゃーーーと言いながら窓を閉めていた。
校舎のすぐ東側に見える川を差して、「メコン川?」と尋ねると、「そうだ」と言う。
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メコンを見ると、「俺はメコンの夕日を見たぞー」と杉田君のように叫びたくなってしまう。
子供たちに「コーラン見せて」と言ったら、自慢げに見せてくれた。
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カメラバックに刺さっていたシハモニ殿下のポスターを指して「それ、何?」と聞かれたので見せると、子供の1人が、親指を下に立て、首を掻っ切るジェスチャーをした。
「ノーグッド」
どうやらチャム人にはカンボジアの王族はノーグッドらしい。
何もないとは思ってなかったけど、やはりクメール人とチャム人の間には色々あるようだった。
モスクの前で集合写真を撮って、子供たちが下校時間になったので終了。
集落で飲み物を買おうとうろうろして、国道に戻った。
結局約1時間寄り道。
10分ほどでコンポンチャムの州境へ到着。
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真新しい橋の脇に、日本が橋を掛けたことを示す記念碑が建っていた。
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随分前…と言っても数年前だが、まだ道が良くない頃、在住の人たちが「陸路?あれはネタとして一度走れば十分だな」なんて言われていた頃だ。
まだまだ貧乏バックパッカーだった俺は、20ドル以上するボートではなく、バスで移動した。
バスと言っても、今シェムリのゲストハウスを回って客をピックアップしているキャピトルのマイクロバスだ。
バベットからプノンペンも、プノンペンからシェムリも、とてもじゃないが大型バスなんて走れなかった。
その時、ちょうどこの辺りの橋を日本が掛けていた。
大規模な工事で、水の中にぽつんとできた即席の道を走った覚えがある。
今はシェムリからバベットまで、一部の区間を除きほぼ舗装が済んだので、大型バスが高速走行できるため、車窓の景色なんて一瞬で通り過ぎてしまう。
自分で運転していると、まぁ、だれるけれどもカンボジアの景色をフルに体感できるのが醍醐味だ。
日本同様、カンボジアも新札が出れば切り替えは早い。
1月に出た新1000R札も急速に流通していた。
橋を見て、旧1000R札を思い出した。
ポケットの中に、入っていた旧1000R札を取り出す。
裏面の橋の建設の図柄は、プロジェクトXで日本橋を取り上げた時、エンディングに登場した。
日本橋以降、日本はいくつもの橋を掛け、そしてその功績がお札になった。
もしかして、この橋はこの周辺ではないのではないだろうか。
ふとそんな気がして、橋の脇にあった民家に駆け込んだ。
「すみません、この橋、知っていますか?」
1000R札を見せ、聞いてみるとすぐに答えは返ってきた。
「ああ、この先にある橋だよ。4っつくらい先の橋かな」
お礼を言ってバイクに跨る。
似たような橋が続き、開けた景色から小さな町に変わった。
一応走行距離と橋の数に気をつけているが、なにせ同じような形の橋が続くので、聞き込みを続ける。
道端の屋台でコーチョルを飲みがてら休憩。
また1000R札を見せ、橋の場所を確認する。
まだ通り過ぎてないらしい。
あと二つ先の橋だとか。
話を聞いていた人が、どうした?と話に加わる。
「この人、この橋に行きたいんだって」
「おおそうか、この先すぐだ」
例を言って再びバイクに跨る。
道は真っ直ぐ、一直線だった。
両脇が田んぼで、ちょっと高さを持って造営されていた。
完全舗装のアスファルト。
道の両脇には街路樹が植えられている。
少し走ると、それらしき橋を発見。
橋の手前にいた迷彩服の男に、「この橋はここか?」と尋ねると、「そうだ」と答える。
そして見せた1000Rから手を離さない。
よこせ、と男は言う。
今までの人はみんな笑顔であっちだ、あっちだと教えてくれたのに対し、軍人だかなんだか知らんがこの横柄さ。
ふさけるな!
1000R札を奪い返し、橋を渡りきった。
上が腐ってるからいつまでもこの国はよくならない。
結局貧しいものが苦しむ。
橋の脇に、ラテライトの記念碑が、雑草の中に建っていた。
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表からは見えない場所に、日本が建てたということを記したパネルが埋め込まれていた。
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最初、橋の下へ降りる道はないかと探したが見当たらなかった。
でもプロジェクトXでは下から撮っていたのでどこかに場所はあるのだろう。
左側に歩いて降りれるくらいの道があったので、そこから土手を下って干上がった川原へ降りる。
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ポケットから1000R札を取り出して、絵柄と景色を見比べてみる。
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ビンゴ!
まさしくこの場所だ。
木の位置もピッタシだ。
満足して土手を登り、道路反対側の子供を激写。
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この辺りは干物が産地らしい。
道沿いに干物の屋台が並んでいた。

次の目的地はコンポントム手前の山にある、ワット・プノン・サントック。
地図によると、なんだか遺跡マークが。
以前から気になっていた場所である。
この時点でプノンペンを出て3時間。
距離にしてまだ60キロくらい。
先を急がねば。
と、思っても景色は単調だし、眠気に襲われるほどではないが少々ダレ気味。
コンポントムの州境に着いたのは11時47分。
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セルフタイマーで記念写真を撮っていたら、旧道標の前で子供がじーっとこっちを見ていた。
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特に変化のない単調な景色を走る。
しばらくして、山が見え、看板が見えた。
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一応、観光地らしい。
屋台で遺跡があるかと尋ねると、あると言う。
屋台の脇から寺の境内を抜けて山の麓まで行けるらしい。
境内を通り抜けたところでUターン。
屋台に戻って水を買う。
再び境内を抜け、山の麓へ向かう。
林の中を突っ切る道で、滑らないが白砂だった。
途中の小さな小屋で入場料を請求された。
しかし、こんなんでいいの?と思うような額。
山の麓に出ると参道があった。
どうやらここから登るらしい。
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しかし、左側にそのまま行けそうな道があるので行ってみる。
途中にいたおばちゃんに「バイクで行けますか?」と聞いたら「バーン、バーン(行ける、行ける)」と言っていたのでバイクで山道を登る。
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なんだかプレア・ヴィヘアの山道を思い出すなぁ。
山頂にバイクを停め、周囲を見渡す。
山だし、遺跡に期待していたのだが、なんだかここは「ブッダパーク」のようで、あちこちに色々とブッダが。
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かろうじてオリジナルらしき石があった程度で期待はずれだった。
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西洋人の観光客が1人、参道を登って来た。
こんなところに外国人とは珍しい。←人のこと言えない。
山を降りて参道入り口で山を見上げようと立ち止まると、物売りがぐわぁーと走って来たので逃げるように後にした。
国道に戻ってさっきの屋台で休憩とガス補給。
後部シートに荷物をゴムでくくり付けているので、給油時にはそれを降ろさなければならない。
屋台のおじさんは、ガスを入れるとゴムで荷物をくくりつけてくれた。
俺がシェムリからバッタンバン経由で今日プノンペンか来て、シェムリへ帰ること聞くと、
「キャピトルの大型バスに気をつけてな」
と言ってくれた。
クメール人の優しさが身に染みる。
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結局ここでも1時間以上寄り道。
やっとこさコンポントムに到着。
結構前からブレーキの効きが甘くなって気にはなっていたけれど、ここで修理することにした。
進行方向右側のバイク屋を探し、市内中心部を通り抜ける。
橋を渡った先に、新車のバイク販売店が並ぶ一角に修理屋を発見。
ブレーキの修理。
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プノンペンとシェムリの中継地、コンポントムにまで7時間も掛かった。
シェムリまで後半分。
コンポントムまでは1度来たことあるし、さらにシェムリまでの半分であるコンポンクデイまで出れば、後はすぐである。
そこからばドムダエク、ロリュオス、シェムリとトントン拍子のはずだ。
コンポンクデイを出て10キロほど走ったところの池はいつも美しい。
ほとりにレストランができていた。

道沿いに大きな学校があった。
寺の境内や学校の中に、遺跡の跡があることは多い。
なんとなく遺跡レーダーが働いて、ちょっとだけスピード落として学校を観察して通り過ぎようとすると、校庭の真ん中に小さな屋根があった。
そのまま学校の校庭に突っ込む。
生徒たちが何だ何だと見ているが、見向きもせず屋根の場所へ。
やっぱりあった。
石が祀られていた。
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一通り写真を撮り、「これ、どこから来たの?」と聞くと、「知らない」との答え。
想定内です。
ここはイオンが建てたタイガー小学校というらしい。
カッコいいじゃん。
カメラに望遠レンズを取り付け、子供たちに向けると、ぎゃーーーと逃げていく。
横向きになって上半身だけ校舎の方にレンズを向け、尻をぷりんと突き出してカメラを構えると、ぎゃははははと笑われた。
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校舎の方を撮影していたのをすぐ近くで笑ってみている子供たち。
今度は何の前触れもなく近くの子供たちにレンズを向けると、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
離れた井戸で水を汲んでいた子供たちがケタケタ笑っていた。
ここまでやっていると、たいてい勇気ある子供か、クラスで1人はいたお調子者の子供が後ろからそーーと近付いてきて俺の体を突っついて逃げていく。
ロボットのような動きをして追っかけると、ぴゅーーーと一目散に逃げていく。
デジカメであるのが最初はわからいもんだから警戒するが、撮影した画を「おいで」と手招きすると、恐る恐る近付いてくるのが1人はいるのでモニターを見せると、「オイ、お前がここに写ってるぞ!」と驚くので、後はもううわぁーと寄ってきてもみくしゃにされるのだ。
こっちもクメール人を笑わすために1人クメールコントを連発するのでメチャクチャ疲れる。
ア・コイ、ア・クロムというカンボジアで有名なコンビのものまね、ルーンカッタニュウという感動映画のものまね、最近覚えたカンボジアイケメン歌手、プリア・ソバットのものまねなどを惜しみなく披露。
そして、日本伝統(?)の「コケ芸」はどこでも、コケた瞬間に「ああーーーっ」との歓声を頂く。
最初無愛想な子も、こんなに笑ってくれます。
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いつの間にか多く集まりすぎちゃったし、時間もないのでそろそろ帰ります。
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手を振って学校を後にする。
勿論、締めくくりとして運転しながら立ち上がり、尻をぷりぷりと振って最後にもう一度笑いを取った。
30分ほど走ってついにシェムリアップの州境に到着。
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プノンペン午後発のバスがぶんぶんとやって来る中、恥も捨てて最後の記念写真。
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コンポンクデイの古代橋は、やっとその重要さを理解したのか、本格的な橋の付け替え工事の真っ最中だった。
橋を越えた先の広場で、クメールサーカスの一団が芸をしていたが、内容が進まないので帰る。
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ドムダエクで最後のガス補給。
ついでにジュースを飲むがどうも計算が合わない。
ぼったくられてる。
知らないでぼったくられるのはいいけど、知っててぼったくられるのは腹が立つ。
「計算おかしいぞ!」と言うと、のらりくらりとはぐらかされ、笑いながら「まぁ、いいじゃん」みたいな感じで金が戻ってきた。
最後の最後に一番腹が立った。
ドムダエクからシェムリへは、いつもの夕焼けのだったので、ルパン三世を歌いながらシェムリへ向かう。
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あしーーーー、もとにーーーーー、からみぃーーーー、つぅくぅーーーーー♪
シェムリ帰還して恒例の「遠出帰りのモロッポー」。
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おしぼり汚して当然ガチャピンに怒られる。
1000Rの橋の写真を見せ「どこだかわかる?」と聞いても全員「知らん」。
1000Rを見せると、「ああ、わかった」と言われた。
ペペロンチーノ食って帰る。
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タケオの前はすごい混雑。
お寺でお祭りやっている。
先日、お坊さんが「26日にお祭りやるよ、オリンピックだから」と言っていた。
てっきり1日だけかと思ったら1週間やるらしい。
ドミに戻ると、「服だけベッドの上にあって、この人どこ行ったのかと、話になってたんですよ」と言われた。
マッサージ行って寝る。

今日の走行距離は331キロ。
色々寄り道して、トンレサップ1周955キロ。
消費ガソリン約18リットル。
道路の状況は
国道6号は、シェムリから40キロ西のササールスダムの西から未舗装。
ただし、測量中。
プノンペンからシェムリは、コンポンクデイ周辺で2キロ弱舗装工事、道路の付け替え作業のみで舗装完了。
国道5号は、シソポンからプノンペンまで99%舗装完了。
1部砂利舗装でアスファルト化工事中。

本当に道、よくなりました。
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by ONG-BAK | 2006-02-27 22:36 | 2006春旅
2006年 02月 26日

0226:日本語スピーチコンテスト

朝から市内をびくで流す。
シェムリと違って土地勘がないから一歩間違えると変な方向へ行ってしまう。
気付くとベトナム方面へ向かうロータリーまで行ってしまった。
ロータリーではあまりの交通量の多さに警官が誘導していた。
モニボン通りを北上する。
道の所々に警官が交通整理をしていた。
目の前の男が、どうゆう訳か警官に呼び止められた。
警官が近付いて服を掴もうとすると、男は体をよじって警官の腕から逃れ、アクセルを吹かしてどこかへ行ってしまった。
プノンペン恐るべし。
BigAで朝飯。
ハンバーガーセットを頼む。
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食べると肉はハム。
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確かにHAMBUGERと書いてあったけど、本当にハムが入っていると思わなかった。
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こんなポスターを見つけて、「Only one in Cambodia」のキャッチコピーに惹かれて買っちまった。
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打倒、食日記として今日は「プノンペン食日記」としようかしら。
今まで行ったことのなかった王宮へ。
バイクで入り口を探している、警備してた警官が「エンジン切ってここから押して入れ」と案内してくれた。
一般の人と同じ入り口から押して入る。
入場料と一緒にカメラ持ち込み代も払う。
払ったからにはバシバシ撮るぞ~
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って、つまらん…
アンコール・ワットのミニチュアが一番よかったかも…
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王宮の片隅で、集団がバッチンバッチン何かを作っていたので除いたら、板に取っ手をつけて、そこにシハモニ殿下のポスターを貼っていた。
「部屋に貼って拝むからくれ~」
と言ったら、ゲラゲラ笑いながらポスターを1枚くれた。
完成品の方が欲しかったんだけど、まぁいいか。
「シャヤマルマソ七」の解説。
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このくらい日本人にチェックしてもらえよ…
とりあえずシハモニ殿下折れちゃうから宿へ避難。
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バイクで昨日見た国道沿いのチャムの村へ向かう。
途中で牛の頭蓋骨満載のトラック発見。
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チャム人だらけの集落だったが、やはり視線がキツイ。
モスクもあったが、子供が数人いるだけだった。
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カンボジアコカコーラの前を通ってプノンペンへ戻る。
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行ったことのなかったレイクサイドへ行ってみる。
ガタガタな道をゆっくり走って集落を周る。
全然宿ないじゃん。
またモスクがあった。
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モスクの先に、旅行者向けの一帯があった。
バイクで徐行しながら色々と見る。
「ハロー!チャイニーズ?コリアン?」
中国人でも韓国人でもないから。
今回、特に日本人に見られない。
それだけ中国人と韓国人が増えたのか?
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部屋に戻ってシャワー浴びて、シャツに着替えてプノンペン大学へ。
今日は日本語スピーチコンテストが開催される。
スナダイの子供たちも3人出場。
愛ちゃんが会場の仕事で忙しいというので、写真を撮りに行く。
途中、プノンペン駅で機関車発見。
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カッコイイなぁ。
なんとかプノンペン大学に到着。
会場では、日本語を勉強するクメール人や、在住の日本人が集まっていた。
短い持ち時間で自分の思ったことをアピールする子供たち。
そんな中、隣のクメール人の携帯が鳴り出した。
「コーケコッコー」
って、鶏の声の着メロかよ!
さすがに誰もが注目したわ。

休憩時間、会場の水タンクの水は既に空。
日本じゃないから水道水飲めるわけではないし、自販機もない。
もちろん屋台もない。
これは、主催者がきちんと水などを用意すべきだ。
喉が渇いても水が飲めない、ない辛さ。
仮にも日本の大使館が絡んでるのであれば、もう少し配慮して欲しかった。

そんな中、スナダイの子供たちに発見される。
「あ、エンドーさん」
いつも「お兄さん」と呼ばれてたので、まさか名前を覚えてるとは思わなかったので嬉しかった。
スナダイの子供たちは、知っているというひいき目を置いても、間の撮り方や発音、身振り手振りも交えきちんと主張を訴えていた。
審査員のコメントが結構きびしくて、「発音が悪い」とか普通に言っている中、スナダイの子供たちは好印象だった。
結果発表の瞬間、自分のことのようにドキドキしてしまった。
でも、ワン、ツー、スリーのトリプルフィニッシュを決めるのでは?と思っていたら、ワン、ツー、フォーフィニッシュ。
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スゲー、スナダイ。
最強伝説ここに生まれる。
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アンケート用紙に同時に発表された川柳コンテストについての質問が載っていた。
内容も見ないでつまらないと書くわけにもいかないので、パンフレットと一緒に配られていたクメール人の川柳に目を通す。

「車じこ けがはないけど しんじゃった」

えーーーと、これはネタなんでしょうか。
核心をついてはいるんだけどなぁ。
リアルすぎ…

プノンペン市内へ戻り晩飯。
ソリヤのクーポン食堂へ。
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めちゃめちゃ混んでる。
フィリピン炒飯がうまそうだったのでコレに。
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ナイスゲストハウスのネット屋でネットしていると、北栄君がサインインしたので日本とカンボジアでカメラ談義。
30Dの話題に始まり、SONYのW5の後継機種の話に。
単3から専用電池に変わったことでWシリーズの存在価値消滅。
だったらTシリーズ1本化でいいじゃない。
Wシリーズは単三電池で400枚以上も撮れるからよかったのに。
そんな会話を小一時間していた。

初めてリバーサイドの店へ行ってみた。
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西洋人ばかりで日本人の姿はほとんどない。
道路の向かいの芝生で、子犬を遊ばせていた。
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名前はボビーだって。
なんだか「トンレサップ湖 犬をめぐる旅」になってきたな。
お店のカウンターで働いていたマカラちゃんは、日本に短期留学していたらしく、かなり日本語堪能。
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前橋だか高崎の高校にいたそうな。
やっぱりプノンペンは都会だね。
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by ONG-BAK | 2006-02-26 21:26 | 2006春旅
2006年 02月 25日

0225:バッタンバンからプノンペンへ 爆走国道5号332キロ

宿は市場の目の前だった。
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目が覚めると市場は活気に包まれていた。
駅へ向かう。
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駅で最近の鉄道の運行状況を聞くと、噂には聞いていたが週一便になったらしい。
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プノンペンからバッタンバンが土曜日、バッタンバンからプノンペンが日曜日。
4年位前に乗った時は、隔日運行いていたのに。
国道5号の舗装が完了した今、鉄道の必要性はますます下がったのであろう。
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昨夜と同じ店で朝飯。
ガソリン給油して出発する。
まずは町外れの鉄道の鉄橋へ。
橋を渡る数組を撮影。
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国道をプノンペン方向へ。
小1時間走ったところから西の山を目指す。
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以前鉄道でプノンペンに行ったとき、この山の麓の駅に止まって山肌からラテライトむき出しの採石場のようになっていたこの山に興味を持った。
国道からの分岐点にいた人に聞くと、距離は14キロで30分掛かると言われた。
悪路であることは予想していたが、2キロも走ったら帰りたくなった。
10キロ走って線路に当たる。
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そこからさらに1キロほどで山の麓に出た。
小さいが集落もある。
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衛星写真だと、ここから20キロほど南下した場所に、人工的な道と建造物が映っているのだが、村人に聞いても「なんもないよ」と言われるだけだった。
行って確認してみたいのだが、今日プノンペンまで行くことを考えると行くだけの余裕はない。
せっかくだから山頂の寺へ寄ってみる。
走ってきた道とは別の道が伸びていた。
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来た道沿いに駅がなかったから、ちょと北に見える道にあるのだろう。
仏教の旗がぱたぱたと風にはためいていた。
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山を降りて学校を覗く。
手前のぼろぼろの教室で授業をしていた。
写真を数枚撮って、帰る時、「何もない場所で穴に落ちたフリ」をすると、子供たちが一斉に「きゃぁぁぁあ」と悲鳴を上げ、けたけたと笑っていた。
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寺の門をでた民家で子犬二匹発見。
口を鳴らすと走って来てじゃれついたが、家のお父さんに一番懐いているようで、お父さんの側を離れない。
お父さんは写真が撮れる様にわざわざこっちへ姿を向けてくれた。
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お礼を言って道を戻る。
戻る道の途中で左折する。
子供たちが長い棒を持って木の実を落としていた。
突然の異邦人にあっけに取られる子供もいた。
村の中を抜けると、やはり駅があった。
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駅はほとんど壁しかないくらい壊されていた。
数年前、バッタンバンから鉄道に乗って来た俺は、ここから山を見た。
時間も大分過ぎてしまたので、悪路を国道まで引き返す。
国道へ戻って休憩しようと店に入ると、数人の警官。
道には白バイ。
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ジュースを飲んでプノンペンへ向かうと、途中の路上に定間隔で警官が立っている。
おかしいなと思っていると、対向車線をぶっ飛ばして来る車列。
要人の車列だ。
車列が通り過ぎると、警官はバイクに乗って帰って行く。
離れていた線路が国道と併走し、牛飼いが線路を歩いて牛を追っていた。
反対側の田んぼにも牛飼いが。
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ちょっと撮影して走行すると、しばらくしてまた後輪に安定感が失われる。
昨日に続きパンク。
道端のおじさんが、前方を指差していた。
近くに修理屋があるようだ。
しばらく走るとコンプレッサーが見える。
覗くと修理屋だった。
軒先にバイクを停めると、おばちゃんが奥に声を掛ける。
出てきたのは左足のないおじさん。
松葉杖を突いて出てくる。
タイヤのチューブの交換を頼む。
左足の位置にうまくあてがえる小さな椅子に座り、後輪をばらす。
修理の間、道路の反対側の店でコーラを買う。
子犬がいたので口を鳴らすと、めっちゃ人懐っこくて飛びついてきた。
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修理してたおじさんが、タイヤの内側を指して、「中がダメだからまたすぐにパンクしちゃうよ」みたいなことを言うので、タイヤも交換してもらう。
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修理が終わってお金を渡すと、おばちゃんは1000Rのお釣りを渡そうとしない。
まぁ、足を失った人の中でも、ちゃんと働いている人だからいいや、と思っていたら、旦那が「お釣りを払え」と注意した。
っするとおばちゃんは「小銭がないのよ」などと出だす。
「じゃぁ、俺が払うわ」と、ポケットからお釣りをくれたおじさん。
その好意に甘え、頂いた。
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東へさらに進む。
進めど進めど距離は縮まらない。
プノンペンとを結ぶ大型バスが、ひっきりなしにクラクションをかき鳴らし疾走していく。
相当な便数だ。
寄り道しているせいもあるが、80キロで巡航しているのに、1時間で50キロ程度しか進まない。
修理から1時間走ってやとポーサット着。
以前鉄道に乗った経験からして、プノンペン発の列車は2時から3時に到着するはずだ。
給油し、駅の場所を尋ねるともっと前だと言われる。
ポーサットの駅構内は結構広く、建造物もあったのだが、ここから見える光景はただ線路があるだけだった。
町の入り口までバイクを戻す。
駅を探しながら戻ると、アーチ状の建造物に「ポーサット駅」と書かれた看板があった。
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駅構内へバイクで入って行き、その場にいた人に尋ねると2時に列車は来るらしい。
パンや果物を持っているから、客に売るのだろう。
とりあえず近くの飯屋で飯。
メニューを頼むと、「ない」と言われた。
ショーケースを指差して、そこから選べと言う。
中華麺があったので頼むと何やら炒め始めた。
汁じゃなくて炒なのか?
しまった。
案の定、出てきた飯はバリバリの炒麺。
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ご丁寧に俺の食えない葉っぱ系の野菜がもりもりのっかっていた。
食えるところだけ食って、再び駅へ。
列車を待ちながら、物売りのおばちゃんと娘を撮影。
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構内には、多くの鉄道の遺物が残っていた。
駅舎の中からは駅員が作業をしていて話し声が聞こえる。
切符の山がテーブルの上に置いてあった。
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「お前は日本のどこから来たのか?トーキョウ?オーサカ?」
おばちゃん駅員は、「アリガト」という日本語を知っていた。
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この駅舎の建築年数を聞くと70年だと言っていた。
フランスが建てたらしい。
駅舎の部屋の表示を指差して「フランス語だろ」と言っていた。
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ポルポト時代にも、壊されることなく現代まで残った駅舎。
2時半を過ぎ、おばちゃんたちが「来た!」と活気付く。
線路の彼方向こうを、ゆっくりと小豆色の車体が近づいてきた。
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俺が昔乗った時と色が違う。
車体は、ゆっくりと構内に侵入する。
編成は貨物2両、車体だけの車両2両、客車3両。
以前のように、天井に人が満載するほど乗ってはいないが、車体だけの貨物には、若いクメール人のグループが布で屋根を作って、ねっころがっていた。
客車は相変わらずの窓ガラスは全てどっかへいってしまっていた。
西洋人の姿がちらほら。
しかし、一人を除いてこんな田舎の駅で下車して消えていった。
昔俺が乗った時も、俺以外の外国人は全てこの駅で降りて行った。
この町に何かあるのだろうか?
乗客にカメラを向けると、いい笑顔を見せてくれた。
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未だに警備の為の軍隊が武装して乗車していた。
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昔、襲撃されて西洋人が連れ去られ、処刑された事件があった。
以前は線路上の地雷爆発防止のために、数日起きにディーゼルが砂利の入った貨車を押して進んだというが、今はそんな気配すら感じられない。
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屋根のない台車しかない貨車に、若者たちが布で屋根を作り、音楽を掛けながら横になっていた。
相変わらず車内にはハンモックがぶら下がっていた。
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座るよりも揺られてというのがクメール人らしい。
車内もかろうじて雨が防げる程度。
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牽引するディーゼルはチェコスロバキア製だった。
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しばらく停車した後、出発の汽笛を鳴らして車列はゆっくりと動き出した。
昔に比べて天井に乗る人が減った。
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台車に乗った若者たちが手を振る。
「どこへ行くの?」そう聞くと「バッタンバン。アンタも一緒に行かない?おいでよ」と言われた。
「今日、バッタンバンから来たんだよ。それにバイクがあるし」
若者たちは笑って手を振っていた。
駅員さんを見つけ、例を言う。
線路を見ると、自転車より遅い鉄道が、ワイパーのように左右に揺れ、まだ駅の構内を走っていた。
物売りの母娘が、バイタクの後ろに乗って家路に着く。
俺もヘルメットをかぶってバイクに乗って東へ向かった。
途中で母子の乗ったバイクに追いつく。
クラクションを鳴らして手を振ると、手を振り替えしてくれた。
国道5号線沿いは、道端にエム・モォイロイハー(タイの栄養ドリンクM150)の看板が立ち並ぶ。
看板だけではない。
パラソル、クラーボックスが黄色い商品カラーに染まっている。
そしてジャッキーの宣伝看板。
M150街道と言うべきか。
町外れでM150で体力を付け?、東へ。
こんな道が延々と続く。
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道路の真ん中走れば大型バスやRV車が爆走してくるし、路肩に寄れば、牛、豚、鳥、犬、子供、おばはんが飛び出してくるので油断はできない。
ポーサットから27キロ、水上集落への入り口で休憩。
先生の話だと、相当でかいらしい。
休憩して「この辺りにチャム人はいませんか?」と聞くと、最初はなんだか解からなかったようだが、「ああ、チャムか?そいつがチャムだぞ」と教えてくれた。
若い男で、バイタクをやっていると言う。
チャム人=年寄りの帽子を被った人というイメージがあったので、青年チャム人をまじまじと見るが、クメールとの違いはあまりなしい。
もう1人いたので2人の写真を撮らせてもらった。
20分ほど走ると、道路沿いに州境を示す看板が建っていた。
Uターンしてバイクを停め、カメラを地面に置いてセルフタイマーで撮影。
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クメール人がきょとーんと見ていた。
コンポンチュナンの町へ着いた頃は夕方だった。
泊るか、走るか。
プノンペン到着は日が暮れそうだが、首都なだけに楽だろうと思いガソリンを補給し、出発。
コンポンチュナンは陶器の町だ。
カンボジア鍋は「チュナンダイ」という。
コンポンチュナンの石鍋を使うかららしい。
しかし、もっと町を上げて陶器をアピールしているかと思えば、道端に陶器の屋台がちらほらある程度だった。
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なだらかな坂を何度も登る。
まるで景色は北海道かアメリカのような、一直線の道だったりもする。
森の中の集落に入る。
路肩から確認もしないでUターンをしているヤツがいる。
100キロで走行していたがブレーキを掛ける。
一気にブレーキを掛けると転ぶので、ゆっくりと掛けたので距離がみるみる縮まる。
クラクションを鳴らすと、立ち止まってボーっとしてる。
立ち止まんな!
間一髪でよけ、さすがに気が気じゃなかった。
そろそろウドンだよなーと思って走る。
集落らしい場所がいくつかあり、小規模な町を抜ける。
右側に、立派な道がどこかへ伸びていた。
ウドンそろそろだよなぁ、と思って右を見ると、右に見える山に仏塔が。
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ああ、やっぱり過ぎてたか。
景色は段々暗くなり始めた。
道は盛り上げられた所を走っていた。
道の脇には、小屋が並ぶ。
女性は頭からスカーフをしていた。
巨大なチャムの集落だった。
左側に渡し舟が見える。
以前乗ったことのある場所だ。
船で対岸に渡れば国道号に出る。
だんだん車数が増える。
スピードも出せなくなる。
中央分離帯のある直線道路を走り、もうプノンペンかと思ったら、またごちゃごちゃとした道を走る。
カンボジアのコカコーラの前辺りでは、無数のバイクで嫌になる。
どこに出るのかと思っていたら、日本橋の麓に出た。
今夜はどこに泊ろうか。
愛ちゃんに電話してみると、日本語スピーチコンテストのために今日プノンペンに来たとのこと。
キャピトルはバイクの出し入れめんどくさそうだから、前に連れ込み風だったけどソリヤの近くにあった宿へ進路を取る。
モニボン通りをバイクで走る。
プノンペンで乗ったことあるけれど、いつも時間を気にしたりしていたので、文字通り自由に走れるのは気持ちよかった。
シェムリと違って都会なので、左折禁止とかあってぐるっと迂回せねばならない。
ああ、めんどくさい。
でもくだらない交通違反でプノンペンの不良警官に捕まるともっとめんどくさいので注意する。
ソリヤの真裏の宿にチェックイン。
うーん、どう見ても連れ込み宿だなぁ。
入り口の目の前の部屋で、出入りには便利だけど。
ちょっと大き目のベッドで、シャワートイレとテレビ付きで5$。
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キャピトルの独房よりかははるかにマシだ。
バイクの管理もしっかりしてて、入り口の中のロビーに置いてくれ、しかも引換券までくれた。
さぁ飯は何食おう。
プノンペンったら炒飯だよなぁと、モニボンのタイタイへ。
出されたお茶は、チンタオビールのジョッキに入ってた。
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店内は中国語が飛び交う。
プノンペンって、町全体が中華街みたいなもんだ。
中国語多すぎ。
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海鮮炒飯はボリューム満点だが、やっぱり味は以前モニボン挟んだ向こうにあった店の方がうまかった。
teukei barもなくなって、知ってる店がどんどんなくなる。
今日の行程だけでも332キロ。
足腰が痛い。
先生にお勧めマッサージを聞いたが、プノンペンは知らんと言われた。
町を流していると、派手なネオンの店発見。
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一見怪しそうだったが、隣の真っ暗なマッサージの方が怪しかったので除いてみる。
1時間8$のこと。
2階へ案内されるが、エジフト風の彫刻とかがあって、六本木の高級キャバクラ(あくまでも行ったことないので想像)みたいな雰囲気が…
コレ、もしかして入る店を間違ったか?と思ったら、個室は1メートルほどの壁の上がガラス張りで、隣の個室でうつ伏せでマッサージされておるおっさんが丸見えだったので安心する。
「クメール?チャイニーズ?」
「は?」
クメールかチャイニーズかって何よ?
クメールスタイルか、チャイニーズスタイルのマッサージか??
どう違うんだ?と思ってたら、「レディ、レディ」と言われる。
女って、どうゆうことよ!
やっぱりここ怪しい店か?
でも隣のおっさん、普通のマッサージしてるんで、そゆう店ではないと断定。
そりゃぁ、中華系の方がかわいいと予測し、「チャイニーズ」とお願いした。
しばらくして、「チャイニーズ」登場。
30くらいの、「おねーさん」。
ガムをくっちゃくっちゃして登場。
メキメキとマッサージをやられる。
クメール語で何か会話しようとしたら、「オンリーチャイニーズ」って、英語も喋れないらしい。
ってか、クメール語できないでカンボジアにいんのか!
と突っ込みを入れたくなる。
終わるとアンケート用紙を兼ねた紙に、よかったかどうか、○で書かされる。
そしてチップもいくらか記入しなきゃいけない。
シェムリと同じ感覚で書いたら、「ノー!」と言われた。
愛想悪いけど、300キロ走行の体はかなり回復したのでよしとするか。
宿に戻って寝る。
部屋のスイッチを入れると、怪しげなピンクの裸電球が光った。
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これってやっぱり連れ込み宿だよなぁ…
テレビをつけると、お水の花道がやっていた。
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つづく!
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by ONG-BAK | 2006-02-25 21:01 | 2006春旅
2006年 02月 24日

0224:シェムリからバッタンバンへ もう死にそう196キロ

バイクでトンレサップ湖の周りの国道5号、6号を1週すべく準備。
バイクの荷台に荷物をくくりつけるゴムひもを買い、着替えを包んで後部席に積むためにゴミ袋を買いに行く。
バンコクから一緒にタクシーシェアをしてきた二人が今日、タケオに来て、明日バンコクに向かうと言うのでデータのコピーしながら待った。
午前中は準備などでだらだらと過ごし、1時20分、今日の目的地バッタンバンへ向け出発。
スタート時の距離計は45866キロを指していた。
国道を西へ西へお向かう。
ポォック村を過ぎて、後輪に違和感を覚えるので停車して見ると空気が抜けている。
近くのササールスダムでチューブ交換。
修理屋の隣の軒先には、タワーレコードのビニールがぶら下がっていた。
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おばちゃんにどこから来たのか尋ねると、「タイだよ」言っていた。
ササールスダムのすぐ先から道は一気に悪くなる。
でこぼこの悪路が続く。
足元に挟んだカメラバックがだんだんずれて来る。
クラランで休憩。
おばちゃんがコーラをくれた。
以前は時間があればちょくちょく遊びに来ていたけれど、この悪路じゃここまで来るのも嫌だ。
シソポンへ向かう。
クラランを過ぎると、道は若干よくなるものの、それでも走るのが苦痛な道が続く。
一応工事の意思はあるようで、所々で測量をやっていた。
橋も乾季のうちは、橋の脇の乾いた大地に迂回する道が出来ていて、橋の前には通行止めの看板が立っていた。
舗装工事区間は、ふかふかの土を地面にばらまいて、それをならしているのでタイヤを取られるため、低速で走行する。
シソポンに着いたのは4時半過ぎだった。
今は旅行者のほとんどがバスを利用するため、めっきり旅行者が訪れなくなったピックアップのターミナルへ。
昔、ピックアップでしかこの道が走れなかった頃、必ず寄るので顔なじみになった子供たちがいた。
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姿を探したが見当たらなかった。
そのまま市内を南下し線路を越える。
トンレサップの南側は、鉄道がある。
かつてはタイとも繋がっていたが現在は寸断されている。
5号に入ったとたん、道は最高にいい。
すぐにシソポンの南の町、モンゴルボレイに到着。
2年前の夏、バンテアイ・チュマールの帰り、ここまで来たら国道の橋が落ちていて大変なことになっていた。
すぐ近くの山に、巨大な金ぴかの大仏が見えるので山に登る。
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岩山の上に寺が建ち、岩山にはいくつかの彫刻があった。
山の麓の売店の前で眠る犬。
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もうすぐ子供が生まれるそうだ。
一昨年撮影したモンゴルボレイの女性がおいるかなーと思って店を覗くがいなかった。
落ちた鉄の橋は、コンクリ製の橋になっていた。
そのまま南下を続けると、国道沿いの山に寺があった。
山の麓で「石ありますか?」と尋ねたら「あるよー」との事で山を登る。
山頂の本堂の前では、若いお坊さんたちが、片足だけ靴を履いてサッカーをしていた。
本堂をぐるっと回ると石発見。
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お坊さんのサッカーをする姿を撮影しようとすると、僧衣を上半身脱いでいる姿がまずいらしく逃げ回る。
山を降りて、今日の最終目的地である、バッタンバンを目指す。
遥か右側に赤い夕日が落ちていく。
しばらく走ったところで日は落ちた。
バイザーに若干色が付いているので視界が悪くなる。
道路脇を子供が自転車で走っていたりするので、速度を落とし、ライトのビームをハイビームにしたり戻したりをを繰り返す。
ヘルメットのバイザーを上げればいいのだが、バイクのライトに虫が集まり、体にパチパチと当たってはじける。
だからヘルメットのバイザーも上げられないし、スピードも出せない。
必然的に速度が落ちる。
道路の中心に近いところを走るとこ後続の追越をする車がぶっ飛ばしてくるし、歩道に近いところを走れば何が飛び出してくるか予 測不能。
メットもしないで、左手に買って来た食べ物らしきビニールをぶら下げたねーちゃんがぶっ飛ばして行く。
ああ、あなたは私のデヴァターです。
待ってください女神様。
闇の中をぶっとばすねーちゃんの後ろにジェットストリームアタック。
数キロ、ねーちゃんのバイクのライトを頼りにぴったしとくっついて走った。
そんなねーちゃんも自宅が近いのかどこかへ消えた。
大きな町に出たので、ついにバッタンバン到着かと思って、道を聞くがまだまだ先らしい。
道の脇の木の間から、明るい灯が見えた。
「見よ、あれがバタンバンの灯だ」
よっし、今日のタイトルはこれでキマッタ!と思ったら焼畑の火だった。
それからしばらくして、どうにかバタッンバンの町へ到着。
以前泊まったロイヤルホテルへ向かったが、8$の部屋しかないというので、隣のゲストハウスへ。
独房部屋だがまぁいいか。
でも、風呂の扉のこの穴は何???
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町へ飯を食いに。
バッタンバンは徒歩だとなかなか飯屋がなくて探した覚えがある。
バイクで飯屋を探すと、中心にほど近いところに、西洋人が集まる一角があった。
ホワイトローズレストランが外国人が多い。
海鮮クイティウを食す。
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町外れのディスコへ行ってみた。
ステージでカラオケショーをやっているが、誰もホールでは踊っていない。
おばちゃんがバッカスだかなんだか、とにかくまずいビールを持って来た。
「それはマジで飲めないから無理」
と言う。
「アンコールないの?」
と尋ねたら
「ない」
嘘つけよ、さっき席に座ったらアンコールガールが飛びついてきたじゃねーかよ。
「アンチャーは?」
「ない」
「タイガー」
「ない」
おいおいおい、ないって店の看板のところにタイガー看板が出てたのは何???
「じゃぁ、アサヒ」
「アサヒ?アサヒならある」
アサヒを持ってきてもらう。
ないを繰り返してたおばちゃんが注いでくれた。
ステージは相変わらず盛り上がらず、天井でミラーボールが空しく回転していた。
ジョッキが空いたので、自分で注ぐと、後ろの席でそれを見ていたおばちゃんが指を差して笑っていた。
そして、椅子に座ってた若い女の子に「アンタ、気が利かないね!」と言わんばかりに肩を叩いていた。
どっかの一団が集団でやって来て、店内はにわかに盛り上がる。
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ビール1本で店を出た。
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by ong-bak | 2006-02-24 22:24 | 2006春旅
2006年 02月 23日

0223:コンポン・クリアン

ロッカーの中を探したら、おにぎりの素が出てきたので、白飯だけ頼んで振りかけて食べる。
あとはインスタントラーメン。
8時前に東へ向けて出発。
ドムダエクを目指す。
どうも先日よりも東の道からだと、トンレサップの方まで出れるらしい。
町の中心部を過ぎて、南へ下る道があったので右折。
道端にいたおねーさんに、「この先、どこ行くの?」と尋ねたら、「コンポンクリアン」との返事。
そのまま南下をすると、すぐに道が途切れてしまたので、おじーちゃんに道を聞くと、東の茂みを指差していた。
途中の東へ伸びる道があったので、そこを進めば南へ行く道に当たるのだろう。
村の中まで道を戻って東へ。
途中の橋に、砂岩とラテライトが使われていた。
b0003143_2048690.jpg
どっかの遺跡から持って来たのだろう。
道はアスファルトのいい道にぶつかる。
b0003143_20484073.jpg
あまりにもいい道過ぎるので、歩いていた子供に、道の先はどこか聞いてしまった。
そのまま南下するとすぐにでっかい寺が建っていたので見に行くと、境内に砂岩の破片と柱らしき壊れた石が転がっていた。
おじいさんのお坊さんが、「なんもないよ」と言うのでさらに南下。
コンポンチュナンから瀬戸物の行商に来たと思われる荷車が停車していた。
b0003143_2049367.jpg
小学校の校庭に砂岩発見。
同じ敷地の寺には何もない。
バイクに跨ろうとすると、後輪の泥除けに貼られたくれよんしんちゃんのシールがしっかりとラッピングされていた。
b0003143_20492442.jpg
先日洗車した時、剥がれそうになたのを先生に言ったけど、まさかここまでするとは。
芸が細かすぎて脱帽。

アスファルトの道はまだ続く。
道の東側には池というか、でっかい水溜り、西側には田んぼが続く。
橋の上から下を見ると、何かを養殖しているのか、水面を仕切っていた。
b0003143_20494636.jpg
橋の先の祠には、勲章をつけた警官のような石像があり、その足元に石発見。
b0003143_2050328.jpg
橋を越えると、道端の家は超高層の高床式だった。
道に玄関が張り出していて、家の基礎部は地面に建てられていなく、コンポンプルックと同様の雨季の水面よりも高く立てられた家だった。
道の周りに家が建ったのではなく、向かい合った家と家の前に、土で盛った道路が建設された感じだった。
しばらく道路自体が高い集落を走ると、コンポンプルック同様の集落にたどり着いたのだが、とにかく長い。
b0003143_20503257.jpg
コンポンプルックは、中心の寺院の南北に1キロ程度の集落だが、ここはそのまま集落が続く。
対岸にも同じような集落が。
町の中心のような場所に着いた。
小高い丘のようになっていて、商店街を形成している。
家は地にちゃんと建っていた。
商店街をぐるっと周りお寺の境内にバイクを停める。
境内にリンテルが祀られていた。
b0003143_20505250.jpg
女性に寺の名前を尋ねると、「ワット・クリアン」と教えてくれた。
境内にバイクを停めたまま、歩いて町を回る。
携帯の基地局があるから、携帯の電波はバリ5だった。
先頬通った分岐点には、ビリヤードを置いてある屋台がごろごろ転がっていて、男たちが昼間からだらだらとしてる。
町の対岸の集落へ抜ける橋で会った少女の写真を撮って、家まで着いて行く。
b0003143_20511627.jpg
いつの間にかわらわらと子供たちが集まって来て、「もう一枚!」を繰り返す。
b0003143_20513217.jpg
きりがないので適当に終わらして、商店街へ向かう。
ぐるっと歩いて寺へ戻る。
バイクでそのまま村の外れまで行くが何もないので戻った。
町の真ん中でコーラを飲んで戻る。
途中の小学校で子供たちが校庭で狂ったように踊っていた。
行きに通った時は整列していたので、何かやっているなとは思ったのだが。
面白そうのなので乱入することに。
でも喉が渇きそうなので村外れまで戻って水購入。
小学校へ戻ると盆踊りタイム。
また子供たちがわらわらと集まる。
踊ることよりもこっちに興味示しすぎ。
先生だか、何だかわからない、人民党のポロシャツを着たおっさんが踊れと誘ってくる。
馴染むためにも盆踊りに参加。
数曲踊って激しいディスコ風音楽が流れると、激しく腰を振る小学生を発見。
b0003143_20521894.jpg
b0003143_20523730.jpg
しばらく一緒に踊って写真を撮って別れた。
国道まで戻って、ドムダエクで給油。
ちょっと北へ走って寺によって戻る。
ドムダエクを10キロほど西へ走って南へ。
4キロ離れた寺へ寄るが何もない。
シェムリに戻るがやたら眠い。
どこかで寝たいくらいだった。
1時間かけてシェムリへ。
モロで飯食ってタケオに戻り昼寝。
2時間半も寝てしまい、ネット屋へ行くが全然遅いし繋がりも悪い。
戻ると先生がクンサムとマリオカート。
3人で1時間ほど盛り上がる。
モロ3へ。
アンコールマーケットから後ろ向きに先生のバイクの後部席に乗ったがメチャクチャ怖い。
飯食ってるとやって来た日本人ガイドが、ガチャピンが2階はもう遅いから終わりだと言っているのに、「まだ9時過ぎじゃん」みたいなことをぬかして無理矢理2階に上がって行った。
uzeeeeeeeeeee。
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by ong-bak | 2006-02-23 21:58 | 2006春旅
2006年 02月 22日

0222:チャムの村

夜明け前に目が覚めてしまい、朝っぱらからDSをして過ごす。
ドミの人が起きるのを待って、前日のデータのコピーをするが数時間かかった。
溜まり過ぎ。
ここ数日、カッカディとカッカドゥの甘え攻撃が激しい。
ゲームがあるのがばれたからだろう。
チャリアが「10時半にカッカディを学校へ迎えに行って、その後タンホンを迎えに行って家まで連れて行って」などと言っている。
こき使いすぎ(笑)
10時過ぎにやっと朝飯オーダーして、バンに「早く、早く」と言われながらオムライスをかき込む。
b0003143_20401813.jpg
10時半前に学校等いうか幼稚園のようなところへ迎えに行った。
b0003143_2040333.jpg
授業が終わって出てきたカッカディを連れて帰る。
タンホンは他にもラチャニーとクンサムも迎えに行かなきゃならんので、バンが迎えに行くそうな。
先日洗濯に出した、友人が置いていってくれた、全部に宇宙人のプリントされたTシャツが見当たらない。
10年前にアフリカを旅したとき。南アフリカで買ったと言っていた。
年季が入っていて、穴も開いていて、「帰国したら返す」と言ったら「いらないものしか持ってきてないからいいよ」とは言っていたがやはりアフリカで10年も前に買った物だから、思い出もあると思う。
懸命に捜索したが、結果行方不明。
人の物とはいえ、だるい感じのリトルグレイのイラストが気に入っていたのに。
延長ケーブルと、服と、ヘルメットを買いに行こうとしたら、ちょうど愛ちゃんから電話で、預けていた荷物の場所が判ったとの事で引き取りに行く。
ヘルメットは預けていなかったようなので、残る可能性としてはロッカー。
でも、鍵なくしちゃたので南京錠を切らなければならない。
バイク屋に行けばあるだろうと思って、バイク屋へ寄った。
まだ会っていなかった店員が戻ってきて抱きしめられた。
でっかいニッパーあるかと思ったら、ないので糸ノコを貸してくれたので戻ってロッカーの鍵を切る。
途中で歯が真っ二つに折れてしまったので折れた歯でなんとか切った。
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バイク屋に糸ノコ返して、プサチャ近くのヘルメット屋へ。
安いのがなく、値段も希望まで下がらなかったので、国道の店へ行こうかとしたら安くしてくれたので購入。
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そのまま川沿いの市場へ向かうが、グランドホテルの脇の道は橋を作っていて閉鎖。
建設中の博物館の近くから川へ。
まずは長袖の古着購入。
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1枚5000R。
雑貨屋で延長ケーブルも購入。
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これで遠出もでき、宿暮らしも快適になる。
モロ1へ。
お腹は空いていないので、ハニーレモンシェイクを注文。
向かいの席の宮崎監督に似た西洋人の爺様が、こっちをやたら見る。
最近できたゲイバーもあるので、目をあわさないように注意する。
会計をしようとすると、
ガチャピン弟「150$!」
ガチャピン母「2$!」
ビチャラー「5000R!」
って、言い値バラバラなんですけど。
ほんとの値段は3000R。
タケオのロビーで、佐々木大先生がおもむろにマジックを取り出して「チュモーにも書いたことないんですけどねぇ」と言いながら、椅子の下で寝ていたマンチの首根っこをとっ捕まえて引きずり出して落書きを始めた。
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町外れのチャム人の村へ。
11月に行った時に写真を撮った女の子がモスクの前に座っていて、俺を見て覚えていたようで、笑っていた。
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この間は、学校は閉まっていたが、今日は開いていた。
モスクの近くで遊ぶ子供たちにカメラを向けると、男の子は大喜びなのだが、女の子は「ぎゃ~」と逃げいて行く。
中にクラスでは一人いるお調子者がいて、シャッターを切る瞬間に、必ずフレームインするのだ。
手や、頭を視界の中にこじ入れてくる。
さすがに見かねた他の男子によって押さえつけられ、「コイツは馬鹿だから」と言ってどこかへ連れて行くのだが、すぐに戻ってきてフレームに入り込む。
高感度のフィルムに交換したので、教室を覗きに行くと、おじいさん先生が、竹でピシピシと叩きながら、生徒にアラビア文字を発音させていた。
タイミング悪く、授業終了かと思ったが、今度は残った生徒で何かの一部を歌うように読み出した。これがコーランの一部なのか?
先生の後を復唱するような感じで、波のある子供たちの声が教室内に響いていた。
アラビア語圏が隣の国でもないのに、クメール語の中にアラビア語を保つ人々がいる光景は、不思議だった。
先生がタケオに来たので、DS無線対戦でマリオカート。
子供の邪魔が入らないので熱く対戦できる。
運転中電話がなった。
「もしもし~」と出ると愛ちゃんだった。
2年前にタケオで知り合った金塚君が来ているらしい。
俺がいることを知って驚いていた。
金塚君はタケオに寄ってくれて久々に話した。
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敷地の隅に赤いドリームに乗った見慣れた顔が立っていた。
ああ、ワンターじゃん。
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久しぶりに会った。
「結婚しないの?」と聞いたら「しない」と言ってた。
つまんねー。
仕事で家に帰った先生が来ないからモロ3へ行って、オーダーしようとすると、シーコンにオーダーシートを渡されたので、オーダーと自分が来た時間とオーダーシートとキャッシャー欄に「SIKON」と書いたら、慌てて止められた。
書けて言ったじゃーんかよー。
隣に先生が現れ、DSのピクトチャットで会話。
後ろの西洋人が物珍しそうに見ていた。
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by ong-bak | 2006-02-22 21:04 | 2006春旅
2006年 02月 21日

0221:道の果てには何がある?答:田んぼ

ドムダエクに向かう。
カンボジアのナンバーがまだいい加減とはいえ、夢のカルフォルニアナンバー発見。
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ドムダエクの町中の、ワット・バンテアイ・スレイへ。
途中で猫みたいな犬発見。
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塀の上でだら-と横になっていた。
遺跡を見た後に、そのまま南下。
数キロのどかな村が続く。
村の切れ端からさらに南を眺めると木が茂っているので何かあるのだろう。
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自転車で走っていく人もちらほら。
行ってみると、泥に車がはまってた。
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道を迂回すると、水路に沿った道が南へ。
しばらく走るが泥溜りで断念。
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戻るが、水路の浅い場所を発見し、対岸へ渡って再び南下。
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西は一面美しい田んぼが広がる。
しかし、ここも最終的にはバイクが走れない細さになり、断念して北へ戻る。
西へ新しくできた道があたので道に沿って走るが、この先も行き止まりでただ田んぼが広がるだけだった。
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先ほどの村の南端で学校に向かう小学生を見つけたので撮影。
ゆっくりと追いかけると本気で走って逃げ出した。
子供を追って、民家の軒先を突っ切って行くと学校へ。
校舎と校舎の間に池があったので、怪しいと思って覗くと、お寺によくあるトタンの屋根で祀られた祠があって、石がいくつかあった。
ドムダエクで休憩し、シェムリへ戻る。
プサルー前で車が事故ってた。
前輪のブレーキがおかしいので修理屋へ。
ばらして削ってすぐ直る。
洗車場でバイク洗車。
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by ong-bak | 2006-02-21 22:48 | 2006春旅
2006年 02月 20日

0220:ヘリがぶんぶん飛んでいた

朝飯どこで食おうかと町へ出ると、やたら警察が多い。
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川の方へ行くと、人民党の事務所前にはやたら警官が配備され、小児病院の前は道路完全封鎖。
シボタ通りも角に警官が立っている。タケオまで戻ると、上空をヘリがバラバラと音を立てて飛んでいた。
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初めて見たよ、飛んでる軍用ヘリ。
この国の軍用ヘリ、2/3が整備不良で飛ばないと聞いたことあるけど。
王族よりもフンセンなんだなぁと実感。
タケオ隣のパソコン屋の跡に出来たレストランで食べてみる。
やたらと蚊と戦うソッピー。
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だらけるマンチ。ラチャナーのぬいぐるみを持って甘えるカッカドゥ。
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トンレサップのレストランへ。
水が大分引いている。
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どこだったかなぁと速度落として探すと店のおばちゃんが気付いて手を振っていた。
海老を5000R分頼んでハンモックに揺られてビールを飲む。
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子犬がいた。
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会計しようとしたら10$しかない。
「お釣りないわよ」と言いながらどっかから細かい金を調達してきて、お釣りをくれる。
「1人500Rちょうだいよ」なんていいながらきっちりとお釣りくれた。
ちょっとトンレサップの方へ下って、新しい道へ行ってみる。
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どこへ着くのかと思ったら、ワット・アトヴィアの西側の新道だった。
モロ1へ寄ると、ラッタナーがいた。
注文を待つ小学生。
モムさんが、男に押し倒される女の人のドラマを飯食いながら夢中で見てるので、後ろから撮影した瞬間にCMに変わった。
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寝る前、バイタクの一人が結婚式の招待状を持って部屋に来た。
12日の予定だった式が5日になったらしい。
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by ong-bak | 2006-02-20 22:29 | 2006春旅
2006年 02月 19日

0219:ガチャピン、リアルガチャピンとご対面

カンボジア来てからドタバタしていたのだが、やっと落ち着いたので休養。
市内のパソコン店回って、USBのキーボード購入。
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両替屋に行き円をドルに両替。
1万円が83$。
ドミへ引越し。
昼飯はモロ3でおかゆ。
ひなたでだらけるマンチ。
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部屋でPCいじってるとクンサムがパワーポイントをいじりだす。
日本語で「私は金さんです」と入力し、文字にアニメーションをつけていた。
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コンピューター学校に通っているだけあって見事。
ベランダからの夕日が綺麗だった。
ぬいぐるみが洗って干してあった。
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ジェット機が西へ飛んで行き、北に旋回して高度を落として行った。
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先日ラチャニーが頭を打って、プノンペンまで行って撮影したというCTを見せてもらう。
CTお持ち帰りできるなんてカンボジアの病院すげー。
ラチャニーの内部透視図を見てもなぁ・・・
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モロ3へ行こうとすると、カッカドゥが水浴び中。
俺はもうそんなたらいには納まりません。
パソコン持参したのでガチャピンに「ガチャピンチャレンジシリーズ」を見せると、動くガチャピンに噴出すガチャピン。
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その後、携帯のカメラでパソコンのガチャピンを接写して待ち受けにしてた。
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DSのピクトチャット機能でお絵かき大会。
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by ong-bak | 2006-02-19 19:49 | 2006春旅