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2004年 08月 31日

0831:川の向こう

今日こそ何かしようと、サイゴン川向へ行くことを決意する。
横木さんが、アオザイのおねーちゃんを川向こうで撮影していたからだ。
川の向こうって何があるんだろう。
インドのバラナシのガンジスの向こうは不毛の地だという。
そんなこともあって、川の向こうへ行ってみる。

サイゴン川目指して歩く。
ベンタイン市場前から南東へ行く道のほうが早いと思って歩いたのだが、帰って遠回りだった。
川沿いを歩いてフェリーを見つけた。バイクを運んでいるのでけっこうでかい。
発着所へ行くと、乗船料は500Dだった。乗り込んで上層のデッキから、入ってくるバイクを見下ろす。
次々にバイクが乗り込み、対岸のフェリーとのタイミングを合わせ出発。大きく旋回して対岸を目指す。
対岸には、ドックが建っていた。わずか数分でサイゴン川を渡りきる。
着岸し、船体前部の板が岸と同じ高さになる。係員が手動でストッパーを開くと、競走馬のようにバイクが吐き出された。
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発着所を歩いていると、やたら声をかけられる。
「バイク?バイク?」
「シクロ、アラウンドOK」
ウザイので全て無視。
ドックの方へ行かず、発着所前からまっすぐ伸びる道を歩いた。
川を挟んだだけで、世界が違う。まるで東京湾フェリーの久里浜と金谷のようだ。
喧騒が渦巻き、豪華ホテルが林立する所から、サイゴン市内とは思えないひなびた商店街。
道路脇には、東南アジアでよく見かける、即席遊園地があったり、空き地が目立ったり。
道に沿ってしばらく歩く。道はずっと向こうまで伸びていた。
キリがないので戻る。

路地の入り口に卍マークがあった。恐らく奥に寺でもあるのだろう。
路地に入ってみる。
路地に入って少し歩いた民家の門に、たくさんの風船が飾られていた。結婚式か?
さらに奥へ行く。長屋のような家。道端で蟹と海老を売るおばちゃんとそれを品定めするおばちゃん。廃墟にたたずむ半裸の男。
住宅街が開け、蓮の花が咲く沼が現れた。木々の間から、高層ホテルが姿を見せる。クラクションが遠くに響く。
廟を覗いて戻った。

さっきの風船の家の前で呼び止められる。写真を撮れという。
数枚撮って、モニターを見せると、家の中に連れて行かれる。
頭だけめかしこんだおばちゃんが、着替えてくるから少し待てと言われた。まさか、おばちゃんが結婚すんのか?
それは、結婚式ではなく、昨日のイベントから関連しているようで、どうも先祖を祭るような儀式のようだった。
だったら、、街中に落ちていた札や、さっきの廟の前で見たお供えとかの理由がわかった。
「コーラでも飲むか?」
そう言われて出てきたのは、ベトナムローカルのジュース会社で、その液体は、コーラと言うよりも漢方薬に近かった。
さっきのおばちゃんが真っ赤なアオザイに、やたらでっかい帽子をかぶって登場。
色々とポーズをつけて、撮れ撮れとせかす。
他のおばちゃんも着替えるから待ってろと言って、奥へ行ってしまった。
テレビから大音量でカラオケが流れる。なぜかタイのVCD。
着替えてきたおばちゃんたちは、相手を変え、ポーズを変える。
おばちゃんは次々にポーズを変え、一緒の撮影相手を代え、写真を撮らせる。
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こちらもデジタルで撮影なので、あまり気にしないで枚数をこなした。
中に、英語の喋れるおばちゃんが一人いて、色々な質問を通訳し、ベトナム語で皆に伝えていた。
「写真代は払った方がいいのか?」と聞かれ、いらないと答える。
やはり写真は欲しいようなので、とりあえずベトナム語で住所を書いてもらった。
最初は、日本へ帰ってから送ればいいかと思っていたが、筆不精な俺だから、絶対に書かないだろうし、社会主義国家なので、たとえEMSでも検閲無しで届くかもわからない。
とりあえず、データをCDにしてそれで渡すことにする。
と、言っても、ただCDを渡すだけで大丈夫だろうか?
できれば、インデックス付のCDが欲しい。
撮影を切り上げ、市内のほうへ戻ることにする。

来た道を歩いていると、おじさんが声を掛けてきて、身振り手振りで肩から下げていたカメラ(盗まれないようにロックはしてあった)を指し、危ないと言ってくれた。
再びフェリーに乗って、市内へ戻る。
国営デパート近くの写真屋で数軒値段とインデックスについて聞くが、割に合わない。
毎回食べているバクダンアイスを食べ、一度ファングーラオに戻る。

部屋で必要なデータだけをCFに残し、サイバーカフェへ。
カレーを食いながらなーちゃんを待つ。10分待ってこなかったら行けないといわれていたので、12時半まで待ったが来なかった。
GONカフェでネットをしている間に、データをCDに焼いてもらう。
ネット中に外からブラスバンドの音が。窓から外を見ると葬列だった。なんと賑やかなことだろう。
焼いたCDに、ベトナム語で、
「中に画像が入っているので写真屋でプリントできる」と言うことと、「ディスク面を傷つけないよう」書いてもらった。

雨が止むのを待って、バイタクでサイゴン川まで行ってもらう。
毎日30分も歩いていたのが馬鹿らしい。
再び川を渡る。さっきの民家を目指して歩く。
さっきと違い、外から見ると静まり返っていた。
近くにいた人が、中にいると身振りで教えてくれた。
中に入ると、さっきの人の顔はほとんど見かけなかったが、すぐに奥から出てきた。
CDを渡し、書いてもらったベトナム語の注意書きを渡す。
とりあえずはわかってもらったようだったが、ひどく酔っ払ったおっさんがいた。
俺の日本の携帯電話をおもちゃと換えようとしたり、お供えのりんごをくれたり、やりたい放題。
面白いからいいんだけど。
CDを渡し、別れを告げる。
皆で手を振って見送ってくれた。

もう一度フェリーに乗って市内へ。
国営デパートに寄って、ベンタイン市場へ。
アキラ先生に頼まれていた髪飾りを探す。カンボジアではなかなか売っていないので、頼まれたので。
先生が僻地の村などに行った時に、現地の子供にあげる用の物だ。
他の買い物をしているときに、店の女の子にみつかり、くれとせがまれる。
値切りもできるかと、一個ずつあげると、袋ごと持っていかれ、戻ってきた時は半分以上がなくなっていた。
これにはマジで切れる。
「カンボジアにはないから、頼まれて買いに来たんだよ!俺のじゃねぇんだよ!」

俺は旅を始めたのが香港だし、中国圏を拠点にしていたので、俗に言われるほどベトナム人に不快感を持ったことはなかった。
たまに、ベトナムで嫌な目に遭い、二度とベトナムに行かないと言う人に会うが、それは理解できないことだった。
しかし、今回はマジでむかついた。市場内で買うことなんていくらでもできるのだ。
俺のマジ切れ具合に気付き、いくつかは返ってきたがそれでもかなり少なかった。

サイゴンフェへ小松のおじさんと、春巻きをほおばっていた従業員の写真を持って行く。
その従業員は居合わせなかったので、他の従業員の手によって、壁に彼の写真が貼られた。
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333と、サイゴンビアを飲む。
相変わらず今日も持田は本物の持田っぽく見える。
明日は帰るので、酒も入った勢いで持田を撮影。
たまには勇気を出すものだ。
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宿へ戻ると、おばちゃんがテレビで何かを見ている。
座れというので座ると、VCDのジャケットをまわしてきた。
「タイで子供がワニに食われた」
おじいちゃんがそう言った。どうやら、タイで子供がワニに食われ、警察がそのワニを捕獲し、解体、中から子供を取り出すという内容だった。
宿の小学生くらいの娘は、飯を食いながら画面に見入っている。
玄関から、近所の人たちが興味深そうに覗いていた。
これは、言葉で言いあらわせられないくらい凄い内容だった。

昨日のなーちゃんの写真もあるので、ととやにもう一度行く事に。
バイタクでサイゴンスカイガーデンと伝え、言ってもらう。
本当に今まで歩いていたのが馬鹿みたいだ。
ととやでなーちゃんと会い、写真を渡す。
もちろん鉄火丼。
やっぱりめっちゃうまい。食べるのがもったいない。

帰りもバイタクで帰る。
さすがに酒のみすぎ。
ファングーラオを、日本人カップルの彼女がオーダーメイドしたらしきアオザイを着て歩いてた。
俺の独断だが、ベトナム人よりも、そこらへんにいる日本人のほうが絶対かわいいと思うし、アオザイ似合うと思う。

マジで羨ましいぞ、コンチクショウ!!!!
荷物をまとめると、いつの間にか夢の中へ。
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by ong-bak | 2004-08-31 00:07 | 2004夏旅 
2004年 08月 30日

0830:テレビのインタビューを受ける

なーちゃんからの電話を部屋で待つ。
9時過ぎ、電話があったらしく呼ばれるが切られていた。すぐに電話がかかってくる。
サイバーカフェで待ち合わせ。支度をしてサイバーカフェへ。
フォーを食べる。
なーちゃんの顔見知りの在住日本人が偶然来た。
友達は10時半に来るというので、二階でちょっとメールチェック。

なーちゃんの友人、ジュンちゃんがバイクでやって来た。
形はホンダのWAVEだが、明らかにベトナムのコピー。でも、前輪のブレーキは、本家よりいいのがついていた。
なーちゃんのバイクはシャーリーなので、ジュンちゃんの後ろに乗る。
まさかサイゴンで女の子の後ろに乗るとは思わなかった。
なんだか今日はベトナムの大事な日らしく、寺に行くという。
サイゴン大聖堂を抜け、市内北部の方へ行く。
大きな寺に着いた。見た目は中国風だが、中は日本にかなり近い。
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本堂には、世界の有名寺院をあしらった金の彫刻?があり、アンコール・ワットやバイヨン、日本の平等院?らしきものまであった。
ジュンちゃんに話しかけるモデルのような女性は、友人かと思ったら、ベトナムのHTVというテレビ局の人だそうで、俺にインタビューをしたいと言ってきたそうだ。
快く快諾。なーちゃんが通訳する。
今日は、よくわからんが母を偲ぶ日のような日らしいので、それについて語る。
「日本には決まった日に寺へみんなで行くような風習はないので、ベトナムのこのような文化は素晴らしいと思う」
「私の母は日本にいるので、今日は母がいつまでも元気でいれるようにとお祈りしました」(←ホントかよ?)
と言ってみた。
今夜8時の放送らしい。
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さとうきびジュースを二杯飲んで、バイクでファングーラオまで送ってもらった。
なーちゃんは明日、用があるそうで、もし早く片付いたら12時にサイバーカフェに来ると言った。
部屋でだらだら、ネット屋でだらだらしているとスコールが振り出す。
市民劇場の方へ行こうと思ったが、雨が止むのを待っていたら夕方だった。

今日も国営デパートへ。タイでアンたちにおみやげをと思い、ベトナムコーヒーを買い込んだ。ろ過機もセットなのでかさばる。
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宿に戻って荷物を置いて、もう一度ネットへ行き、8時ちょっと前に宿へ戻る。
おじいちゃんに身振り手振りで「8時からHTV9に出るから」と伝えると、前の番組が終わって、チャンネルをHTV7からHTV9に変えてくれた。
「コイツが出るらしいぞ」
のようなことを、外にいた近所の人に言う。
8時になった。
携帯電話をムービーモードにして待機。
ニュース番組が始まる。日本と同じで、冒頭で今日のニュースをざっと紹介する。
そして、今日のトップニュースが、そのベトナムの行事で、午前中に行った寺がど
―んと出る。
朝の目鼻立ちのすっきりしたおねーさんがレポートしていた。
お寺で何が行われていやのかなどが紹介され、俺登場。
ちゃんと画面下部には名前がスーパーで挿入されている。
俺の声は全て、ニュースを読むキャスターの声が重なって聞こえないが、何て解説されてるんだ?
まぁ、とにかく国営放送だか民放だか知らんが、一国のニュース番組に名前入りで登場したのである。
外で見ていた近所の人が、お前だ、お前だと言う。

いい気になってそのまま路地へ。
誰かが「お前、今テレビ出てたじゃん」と言ってくれる事を期待して。
しかし、路地の人のほとんどは、HTV7の歌番組を見ていて、ニュースなんて見ていなかった。誰にも声を掛けられることなく、路地裏散歩終了。
もう一度ネットして、路上でハマグリ食って帰った。
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by ong-bak | 2004-08-30 16:34 | 2004夏旅 
2004年 08月 29日

0829:路地裏、サイゴン

やっちん、カンボジアへ出発。
宿の前の民家のおっさんが朝ぱっらから飲んでいる。飲めと誘われる。
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シンカフェでしばらく待ってバスに乗るやっちん。しかし出発の様子はない。
荷物を積めたり、チケットチェックしてやっと出発。
見送って、たまった日記を整理し、ネット屋へ。
また向かいの家で誘われる。ベトナム焼酎か、やたら純度の高い酒を飲まされる。
今夜8時にまた来いと誘われる。
ネット屋へ行くが、USB対応しておらず、3件目でやっと使用できる場所を発見。XP
なので安定もしている。
昼過ぎまでネットして、路地裏へ。やはりここは面白い。
宿の前で、子供たちが遊んでいた。
宿は、軒先で申し訳ない程度の駄菓子を扱っている。
おばさんはあまり愛想がないが、パイナップルとレモンジュースのおやつをくれた。
おじいちゃんは、明らかに以前ガラスクリーナーだった容器に、なんらかの液体を入れ、ライスペーパーを折って、切って、何かを作っていた。
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部屋で取りあえずデータをまとめていると、急に雨。
ある人は家の扉を閉め、ある人は雨よけのすだれを降ろす。

サイゴンカフェへコーヒーを飲みに。
サイゴンカフェには、ELTの持田香織と、小松マサオに似たおっさんがいる。
持田に関しては、皆似ていないと言うが、何しろ俺が初めてベトナムへ来たとき、目の前を持田香織がネギや野菜をかごにいっぱい詰めてバイクで横切ったのだ。
マジでプロモーションビデオの撮影かと思った。
それから3年以上経つが、この東南アジアで同じ店で年単位で働いているのは、結構長いことだと思う。
と言っても、サイゴンカフェの店員はいつも変わらずだが。
去年、写真を店員のみんなにあげたのだが、やはり年に数日しかこない旅行者のことなど忘れているのだろう。
ウエイターのあんちゃんをじっと見ていると、オーダーしたいのかと思われたようだ。
持田の顔を覗きがてら、コーヒを飲む。この一年で少し雰囲気が変わったが、チークのぬりたくりっぷりなどは持田に似ていると思うのだが。やる気のなさと。

夕方、重い腰をあげ、市民劇場方面へ。
去年ぐらいから、市民劇場の通りの一角に、アオザイ姿のビラ配りが増えたのだ。
しかし、日本人が多い上、「これだ!」と言う娘がいない。
また、国営デパートへ行き、下から上まで回る。マジでゲームボーイアドバンスをカードで買おうかと思った。

日が暮れて、歩いて戻る。ベンタインマーケットで既製品のアオザイを見る。
20$とか30$とふっかけてくる。余裕でオーダーメイドが作れる値段だ。
国営デパートでは10$ちょいだったので、既製品でも買って、衣装として持っていようかと真剣に考えた。
同級生の今井君は、自前の衣装を相当持っているし。
ファングーラオへ戻って、屋台でハマグリを食べる。ビアホイと、ハマグリ二人前、うずらのゆで卵を路上のおばちゃんから買って、一人で食べる。
ベトナムへ来たら、ビアホイとハマグリは外せない。これを食べに来たと言っても過言ではない。
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ほろ酔い加減でネット。
一時間半近くやってしまう。朝の民家の前を、言われた8時から40分ほど送れて通ったのだが、入り口は硬く閉ざされていた。
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by ong-bak | 2004-08-29 00:24 | 2004夏旅 
2004年 08月 28日

0828:サイゴンへ アオザイ天国、ベトナム最高!

6時に起きてメコン川へ。
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バイタクやボートの船頭が声を掛けてくるが統べてシカト。
公園の入り口でベトナムコーヒーの屋台が出ていて、一杯飲む。2000D。
宿に戻って荷造り。

8時35分に迎えに来ると言っていたが、来ない。50分まで待って、フロントのお兄さんに相談すると電話をかけてくれ、5分待てとのこと。
じきに迎えの車が来て、バスターミナルへ向かう。
ワゴン車に乗って出発。

チャウドックの町中は道路工事中でたいしてスピードがdなかったが、工事が終わるとスピードを上げ始めた。
快適なスピードにうつらうつらしていると、途中でメコン川を渡るフェリーに乗船。これは以前尾道で使われていた船だと思う。
対岸の一本道を、運転手はものすごいスピードで疾走する。前の車をパッシングし、通行者をパッシングする。
学校が近いのか、白いアオザイの学生が目立ち始めた。
運ちゃん!頼むから速度落としてぇぇぇ!!
神の存在など信じない俺であるが、こんな素晴らしい文化を生んでくれて感謝である。
日本も、学生、公官庁、銀行などの女性は全てアオザイ着用を義務化すべきである。
白いアオザイ姿の学生を、紙一重でかわしながらワゴンはサイゴンを目指す。
途中、休憩しながらも14時過ぎにはサイゴンのミエンタイバスターミナルに到着した。

バスターミナルからローカルバスでファングーラオを目指す。バスはサイゴン市内をぐるぐる走って、ファングーラオの近くに停まった。
ファングーラオまで歩いて行き、宿を探す。
俺は「265」、やっちんは「ほうれんそう」と「TNK」を嫌がった。
とりあえず、やってきた客引きに着いていくと、裏通りのどう見ても民家に通される。パンツ一枚のおじいちゃんがいて、家の中を通り抜け、3階へ。
二人で5$。部屋も狭くないし、おじいちゃんの感じも悪くないのでここにする。
程なく、おじいちゃんがフルーツジュースとバナナ、チョコバーを持って来て、宿泊者カードを渡された。

休憩した後、ネット屋へ。メールのチェック。さすがサイゴン。ADSLと書かれているだけあって、カンボジアと比べものにならないくらい早い。

着替えて、日本人街にある海鮮料理屋へ向かう。
ベンタイン市場の前で撮影をしていたら、バイクに乗った男女に話しかけられた。
彼らは日本語を勉強していて、日本語で会話をしたかったのだろう。
彼らは一生懸命日本語を話し、聞き取ろうとしていた。
国営デパートのアクセサリーショップへ行く。ここは去年、サイゴンに留学していた日本人、ひとみちゃんがバイトをしていた場所だ。
去年は彼女がバリから仕入れた破格のアクセサリーが揃っていたが、今はちょっと高い物ばかりだった。

レックスホテル脇のホーチミン像はライトアップされ、背後の市庁舎も美しく輝いていた。
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てくてくと歩いてととやへ向かう。
ととやには、数年前、サイゴンにあった伝説的日本人宿「一期一会」のオーナー、トアンさんの妹、ナーちゃん(本名チャム)が働いている。
一期一会は、フエにあるヴィンジュオンホテルで働いていたトアンさんが独立して開業した宿だった。
日本語検定2級を持つトアンさんは、元々フエのヴィンジュオン時代から有名だったようで、サイゴンに開業した一期一会は、当時の旅行者の間で口コミで瞬く間に広まった。
しかし、地主との契約関係で、約2年の営業を2002年の8月26日に終了したのだ。
皮肉なことに、ガイドブックに掲載され、認知度が高まり始めてすぐのことだった。
その後、どうなったのか気にはしていたのだが、去年の夏、偶然にもサイゴンのネット屋で、一期一会に出入りしていた早稲田に留学していたベトナム人とばったり会い、なーちゃんの居所がわかったのだ。
今回も事前にメールをしたものの、なかなか返事がなく、心配していたのだが、返事が戻ってきて、まだ同じ店で働いているというので、やっちんと一緒に行くことにしたのだ。
ととやは、まだ歩き方にも場所しか載っておらず、店の紹介はないので、完全に在住の人間や存在を知っている人しか行かないような感じだ。
丼物で鉄火丼を去年食べたのだが、本当に忘れられないくらいうまかったので、今回も鉄火丼を頼む。
オーダーを取りに来た日本人の女性に、なーちゃんのことを話すと、すぐにわかってくれ、手の空いた時に来てもらうよう頼んだ。
今でも一期一会時代のお客さんから問い合わせがあるようだった。

オーダーをしてから、来たことを聞きつけたなーちゃんがやってきてくれた。
「今日ハ遅イカラ、来ナイカト思ッタ」
今日は3階で団体が入っているようで忙しそうだった。
「カメラ、アル?後デ、写真撮ッテネ」

鉄火丼が来る。滅茶苦茶うまそうだ。ってかうまい。
もう、食べるのがもったいないくらいうまい。
食べ終わると、なーちゃんに呼ばれ、友達の写真を撮るように頼まれる。
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階段で数カット撮影し、明後日遊ぶ約束をし、店を出た。
うーん、たまには贅沢もいいもんだ。
サイゴンへ行ったら、是非「ととや」へ!
鉄火丼5.5$、サンミゲル生中1$也。
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帰りがけ、路上のネオンがまたたくお店の前にアオザイのおねーさんが立っていた。
興味本位に覗くと、アオザイのおねーさんと一緒に飲めるという超スンバらしい店だった。
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日本にも、チャイナドレスじゃなくてアオザイの店作れば、絶対客入るのに・・・
って、以前サイゴンで買い付けやっていた友人の情報だと、博多の天神にあるらしい。熱いぞ!天神!!
いつか、俺がそういう店を開いてやると野望を胸に抱きつつ、路上に立ってたアオザイおねーさんを撮影して帰る。
・・・やっちんが一緒だったから、一緒に写真を撮ってもらえばよかったと今更後悔。NOォォォォ!
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by ong-bak | 2004-08-28 19:25 | 2004夏旅 
2004年 08月 27日

0827:メコンを下ってベトナムへ

起きてだらだらしてたら出発15分前。慌てて出る。
キャピトルのレストランに、イウ君が見送りに来てくれていた。
8時出発のバスは、他に日本人はおらず、皆西洋人。

10時には、メコン川の町、ニャッルーングで、キャピトルツアーのスピードボートに乗り換える。
荷物を艇内に置き、舳先にカメラを持って座り込む。
去年もボートに乗っていた、スーパーマリオに似たキャピトルのおっさんがいた。
ボートはメコン川を南へ下ること約1時間。
国境の村、オムサノウに到着。
初めてベトナムへ行った時は、この国境自体の存在はあまり知られておらず、ツアーがなかったので、ニャッルーングから小型のボートに乗り込み、ベトナム国境からはバイクで移動したものだ。
カンボジアのイミグレーションは、国境の手前1キロにある警察署で、ツアーが始まったので、のどかさのの中にも忙しさが感じられた。
特に問題もなく、スタンプを押してもらい、まだ時間もありそうなので、警察署の前の道へ出てみる。
明らかに、クメール人とは違ったいでたちのベトナム人が歩いていた。
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近くにいたおじさんに、バイクでニャッルーングまでどのくらいかと尋ねると、2時間との返事が戻ってきた。
ボートから見た、この集落までの道のりは、のどかで楽しそうだった。いつかバイクで来てみたい。

ボート乗り場へ戻ると、色白のベトナム人の子供が遊んでいた。国境なのにクメール語が通じない。
ボートで1キロほど南のベトナム国境へ向かう。
カンボジアの旗と、ベトナムの旗が見えるところでボートは旋回し、岸に着いた。
ベトナムのチェックポイントでパスポートをチェックし、検疫所へ通される。
公式なのか知らないが、2000D請求される。回避しようとした西洋人は、呼び止められ、見ていると、ここで代金を払わないと入国書類にスタンプを押してくれなかった。
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税関で形だけのX線検査。フィルムがあったが、そのまま通してしまう。
パスポートはひきついだベトナム側の代理店のおっさんが、入国手続きをまとめてしてくれるので、川沿いの食堂で待つ。

俺は、このソンテンの集落が好きだ。
初めての時は、税関の前からバイクに乗ったので、今までのカンボジア様式の民家と全く造りの異なる集落を、バイクで走り抜けた時、国が変わったことを実感した。
この集落のちょっと先には、木造の橋が掛かっており、それがまた「オツ」なのだ。
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集落の人々は、「ハロー」と声をかけて手を振っていた。
ぐるっと回って食堂に戻る。やっちんが続いて向かった。
荷物の番をしていると入国手続きのおっさんが戻ってきて出発。
慌ててやっちんを探しに行くが姿は見えない。
荷物が心配だったので戻って、荷物だけ積に行く。
食堂のおばちゃんに、「友達がまだだから、来たら荷物を積んだと言ってくれ」と言っておく。
荷物を船に積み、戻るとやっちんが走ってきた。集落の人が、ボートが出るぞと教えてくれたらしい。

ここからメコンを下るボートは、去年は2階建ての小型船だった。
俺たちが乗せられたのは、折りたたみ椅子が座席の、幅1.5メートルほどの小型船だった。
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すぐにどこかで乗り換えるのだろう、と思ったが、出港してその期待はどんどん下がる。
トンレサップ遊覧じゃないんだぞ。世界に誇るメコン川を、こんな小船で下るのか!?
小船は沈まないように、岸のすぐ20メートルほどをのそのそと進んだ。
後続の船に抜かれながらマイペースで川を下る。
メコンから支流に入り、集落の中を進む。
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川の中に黒い浮遊物を見つけた。ゴミ袋かと思ったら、ギョエーーーーー犬だった。
犬が、必死に頭を出して、船が行き交うメコン川を泳いで渡っていた。
かなり衝撃的だった。

小船は、思いのほか早くチャウドックに到着した。
おっさんに言われるままに、ホテルに着いていく。以前、ファングーラオのTNKと言う、日本人の働いている会社でツアーを頼んだら、僻地のホテルで最悪だった。
このおっさんが一応シンカフェ関係だけあって、テーブルだけのシンカフェのオフィスらしき場所のあるホテルだった。
割と町からも近く、シングルで3ドル。トイレ・シャワー付。
洗濯を済ませ、下へ降りると、川からここまで連れてきたシクロの運転手が待ち構えていた。
明日はどうするんだ?などと聞いてくる。明日はサイゴンへ行くと言うと、ならバスは予約しなければだめだと言う。バスのチケットを売っている場所へ連れて行ってくれた。

ぎょええええええええええええええええ!アオザイのおねーさんがいる。
チケット購入後、無理矢理撮影。
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何を隠そう、俺は超ウルトラアオザイ大好き人間なのだ。
初ベトナムの前、アオザイについて語っている人たちの話を聞いて、「そんなにいいもんかよ」と思っていたが、ソンテンの国境からチャウドックへ向かうバイクで、二人組みの白いアオザイ姿の女子高生の後ろ姿を見た瞬間、「ベトナム、サイコー!」と思ったほどだ。
どっかの外国人が、「世界で一番美しい民族衣装はアオザイで、NO2はニチョウメのセーラー服(←民族衣装じゃない)」と言ったらしい。
照れるおねーさんを、デジカメのモニター写真を見せて興味を持たせ、がぶりついて撮影した。

シクロのあんちゃんが飯屋に連れて行ってくれたが、「チープ」を連発してる割に高い!
とりあえず腹を満たし、誘われるがままに、この町唯一の観光名所、サム山へ行くことに。
どっかからスポーツタイプの自転車のシクロを調達してきたあんちゃんは、山まで必死に漕いでみせる。
山の麓にシクロを置いて、寺院を見学。カンボジア国境からわずか数キロ(外国人の通行は不可)なのに、こうも信仰のスタイルが違うと驚く。
山頂までバイクで行けるようで、バイクで行く。
曲がりくねった山道を山頂まで一気に(バイクはかなり息を切らしていたが)登りつめる。
水田の中に、ぽつんぽつんと集落があった。チャウドックの町が、道の果てに広がっていた。
山頂から少し降りたところで夕日を眺める。
カンボジアではずっと天気が悪かったため、こんな夕日は久々だ。
山頂に戻る頃には、西の空は真っ赤に染まって、この旅で一番の夕焼けだった。
ハーティエンからの車のライトが、光の帯になって綺麗だった。
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薄闇の中、バイクで山を下り、あんちゃんのシクロで町へ戻る。
並木の木陰から姿を覗かせる月を見ながら、旅をしている自分に誇りを持った。

宿に戻ると、シンカフェの大型バスが停車していて、日本人のカップルの姿が見えた。
宿のおねーちゃんに中華料理を教えてもらうが、高いうえにあまりいいものではなかった。
ミリンダと言って出てきたのが、薬のような黒いハズレ味で、最悪だった。
飯を食ってネットに行く。
めちゃ早いが日本語読み書きできず。すぐに諦める。
帰って就寝。
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by ong-bak | 2004-08-27 23:11 | 2004夏旅 
2004年 08月 27日

0826:プノンペンでブイブイいわす

6時起床。
今日、プノンペンへ向かう。
チェックアウトして、スターマートへパンを買いに行っている間に迎えのバスが来ていた。
隣のブンナスGHからは、白人と、肩に意味もなくデカイ刺青を入れた編み上げ頭の、馬鹿を全身でアピールしているような日本人女カップル。
相手の侍のように禿げ上がった頭の男は、母国語が英語でないようで、あまり英語も流暢ではなく、片言の日本語を喋っていた。
そして、この男、かなりの「どーして君」で、こちらに「どこから来たのか」「(やっちんに)なぜ大韓航空なのか」「タイにどうして数日しかいないのか」「ベトナムにはなぜ4日しか滞在しないのか」「カンボジアで1ヶ月半も、しかもシェムリアプになぜ滞在するのか」などなど・・・、自分が納得できるまでかなりしつこく聞いてくるのである。

やっちんの隣の席が最後まで空席だったが、そこにやってきたのは、いつもバイクを修理している店と同じ敷地内の、椅子修理屋の奥さんだった!

バスは7時50分、シェムリ郊外に新設されたバスステーションから出発した。
超高速走行である。
つい先日行った、ダムデックまで20分、コンポンクディまで40分、ストンまで1時間で到着。
舗装はほとんど終わっていて、以前のような悪路の面影は見えもしない。
30分の休憩後、コンポントムを10時過ぎに通過し、6号の分岐の町には11時半前に着いていた。
以前は、11時でやっとストンを過ぎたくらいの距離である。
結局、13時過ぎにはプノンペンに着いてしまった。

バスを降りるとき、西洋人男が声を掛けてきたが、聞こえないフリをしてとっとと降りる。
今回は二人でもあるし、できれば綺麗なところに泊まりたいのでキャピトル3へ。ツインのファンルームで6ドルが、なぜか5ドルにしてくれるらしい。
チェックインを済ませると、さっきのカップルがやって来た。
「待ってぇーって言ったの聞こえなかったのかい?」
聞こえたけど関わりたくないんだよ。

部屋でイウ君に連絡。
イウ君は、以前シェムリでガイドをしていたクメール人なのだが、両親とも中国系であり、甘いマスクな上、関西弁を自在に操るので、初めて会った時は日本人かと思ったくらいだ。
彼に、無印良品の日用品を頼まれていたのだ。
「あー、もしもーし、着いた?どこ?キャピトル?んじゃ、今、昼休みだから行きまーす」
と日本語で返ってきた。
しばらくして、電話が鳴り、着いた旨の連絡があったので外へ行くと、イウ君が待っていた。
「今日、バイク使う?使っていいよ」
イウ君は、そう言って70CCのカブを貸してくれた。感謝である。

イウ君と別れ、やっちんを乗せて市内を回る。
大通りから独立記念塔を回って、川沿いへ。
北上して国立博物館へ行く。
国立博物館は3年ぶり。
以前より知識も増え、楽しめると思っていたのだが、なぜかうちの大学の図書館に、プノンペンの博物館とフランスのギメ東洋博物館(植民地時代にどさくさに紛れて、発掘した彫刻のほとんどをフランスに持って行かれ、その多くが展示してある泥棒博物館)から日本に巡回展示した時の目録があり、それを見飽きるほど読んでいたので、あまりじっくりとは見なかった。
近年、バンテアイ・チュマールから窃盗団により引き剥がされ、盗難された(移送中に発見、保護)千手観音のレリーフも追加されていた。元の戻すべきだが、多くの彫刻はすぐに再盗難されてしまうので仕方あるまい。
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博物館の片隅で、4×5カメラでブツ撮りする日本人集団がいた。かなり邪魔。
俺はスタジオ撮影をしないからよくわからないが、スタジオ撮影をするやっちんが言うには、「バック紙がしわくちゃ」「照明セッテングが下手くそ」とのこと。
我が写真学科のスタジオ撮影の鬼、今井君ならば「あー、もぅ、死ね!」って言うだろう、と二人で話す。
その中のアシスタントらしき女がまたどうしようもないアホで、仕事場にノースリーブ、ピンヒールである。アホか!?作業する格好ではないだろう。途中で仕事にならんのを悟ったのか、スニーカーに履き替えていた。顔を見ると、後姿より10歳はオバンで、「ワタシは美人なのよ」オーラを発している。
しかもこの女、馬鹿の頂点を極めており、自分の仕事が途切れた時、収蔵品の彫刻の上に腰掛やがった!貴様の汚いケツを、貴重な文化財の上に置くな!
非常に嫌な思いをした博物館だった。

博物館を後に、セントラル・マーケット近くに最近オープンしたソリヤショッピングセンターへ行く。
カンボジアで珍しく、エスカレーターとエレベーターが「稼動」している場所だ。よく、「カンボジア初のエスカレーター」などと言われるが、オリンピックマーケットに設置されている。今は荷物置き場になっているが。

屋上からの眺めは素晴らしい。
プノンペン市内が一望できる。
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ゲームボーイのソフトで、昔のファミコンのソフトがたくさん入っているのが欲しくて探す。
店のお兄ちゃんに見たいと言うと、箱から出してセットしてくれた。あまり期待していなかったが、懐かしいソフトが出てくる出てくる。
小学生の頃、おじいさんが買ってくれたソフト、弟と一緒に遊んだソフトが次々に小さな液晶に現れた。
即決で購入。

1階のスーパーで、チューブの卵豆腐と牛乳を購入。しかし、牛乳は嫌いな低脂肪乳な上、卵豆腐はチューブ状ですすっていたらまずくて途中で断念。

ソリヤを後にして、町の南へ向かう。
モニボン通りを南下して橋を渡る。
この道は、ベトナムへ続く道なので何度も通っている。道沿いの寺に、数年前から馬鹿デカイ、カーラの像を作っている場所があった。
せっかくバイクも借りて、興味もあったので向かう。
橋を渡り終えると、右前方にバルセロナのサグラダファミリアよろしくの、巨大な三本の尖塔が見えた。上のほうに仏面が見える。
あんな妙な物はあの寺しかない。
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思ったとおり、その巨大な建築物はその寺の敷地にあった。
バイクを停めて、ぐるっと回って、カーラの像へ行く。舌が階段になっていて、口の中に入る感じだ。
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カーラの口の中は資材置き場になっていて、脇から外へ出ると、尖塔の下に出た。
黄金の鳥の像と、肛門の穴がロケットランチャーの発射台のようになっている牛の像がある。
尖塔の中腹を見上げると、それはコンクリートで作りかけの巨大な大仏だった。腕の部分はこれからセメントを流し込む状態で、頭部はまだ掘られていない。
それにしても巨大だ。尖塔の天辺まで60メートルはあるんじゃないか。
居合わせた家族連れが手招きし、工事現場の管理人らしきおじいさんが案内してくれる。
大仏の足元まで登り、台座の部分に降りる階段で大仏の底部へ入る。
そこには、英語を喋れる中年の女性がいた。彼女は女性用の袈裟を着ているが、髪の毛はお団子状にして頭の上にまとめ、袈裟の下にYシャツを着ていた。
彼女が言うのには、フランスに住んでいる高僧が建てたと言う。完成は2007年。
ドラクエのダンジョンの様な地下は、蝋燭が灯され、真新しい壁画が描かれていた。
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寺の名前を聞くと、ワット・リャンセイと答えてくれた。

地下ダンジョンを後にして、上に出ると、さらに上部へ上がる階段があったので登ってみる。
2層上まで登れ、沼が見渡せた。

ワット・リャンセイを出て、市内へ戻る。
途中の分岐を間違え、大分西へずれてしまったが、なんとか迷わずにキャピトルに戻れた。
再びイウ君と会う。イウ君はキャピトルレストランでビールを注文したところだった。
久々に話したイウ君は、以前よりも日本語が少したどたどしく思えた。
いつもの台湾飯店へ店を移す。
移動中、「もしもーし」と声をかけてきたおっさんがいた。
先日、タケオであった、「プノンペンでダメ人生送っちゃってますオヤジ」だ。人の会話に勝手に割り込むわ、よほど暇なのか、地図を描いているらしいが、ウザイので適当にあしらう。

丸1年ぶりの台湾飯店は、オーナー以外従業員が変わっていた。
ここは、初めてプノンペンを訪れてからずっと食べている店で、海鮮炒飯が今まで食べた炒飯の中で一番うまい。
海老が、ぶりっぶりっしているのだ。他の店で海鮮炒飯を注文してみたこともあったが、ここの海老ぶりぶりにはかなわない。
JICAでプノンペン在住していた人の話だと、在住の人間の間でも有名な店らしい。
2年前に「嘘だぁーー」と言い放つアキラ先生が、「遠藤君、あの店、マジでヤバイわ。ぶりぶりすぎ」と言ったくらいで、先生製作の、アンコールエクスプローラーにもばっちし掲載されている。
先日は、ひろぽん姉さんからも「まじでうまいー」というメールが届いたくらいだ。
注文はもちろん海鮮炒飯。オーナーのおばはんは、手を振るとすぐにわかってくれ、わざわざやってきて、中国語で何か言っていた。
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肝心の海老炒飯は、作った人間がはずれだったのか、若干味は落ちていたものの、海老のぶりぶり加減は相変わらずであった。

食事を済ませ、言う君とも別れる。
ネット屋へ行くが22時閉店。
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by ong-bak | 2004-08-27 23:09 | 2004夏旅 
2004年 08月 25日

0825:魚釣りに行く

先日一緒にバライへ行った近藤さんに頼まれ、ビデオのインタビューに出演。
旅で会った人を撮っているらしい。
ラチャヌーがタイに戻るとのことで挨拶に寄った。

やっちんが、友達になったバイタクと釣りに行くと言うので便乗する。
プサチャーで軽くクィティウを食べてからトンレサップへ。
バイタクののモンは結構日本語を喋る。
トンレサップ近くで釣竿を二本買って、沼の上に建つビアガーデンへ。
ハンモックに揺られながらコーラを飲んでいると、やっちんとモンが釣り糸を垂らした。
竹に釣り糸を結び、簡単な浮きが着いているだけである。
えさは海老。モンが一匹の小魚を釣りあげた。

ハンモックに揺られながらうつらうつらと船を漕ぐ。
遠くに子供たちが用水路へ飛び込んでいる姿が見えたのでバイクで行って撮影。
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犬まで無理矢理泳がされていた。

あまり食欲はなかったものの、モンが食事を頼んでしまい、鶏肉づくしと海老が来た。
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しかし手をつけただけで遠慮する。

バイクの調子も悪いので先に抜けさせてもらう。
タケオに戻ってシヴォタの修理屋へ。
ここ最近ブレーキの利きが悪いと思ったら、ブレーキパッドが完全に摩擦でなくなっていた。

夜飯は皆でモロッポーへ。奥の中華テーブルで食べる。
久々にビール解禁。

荷物をまとめて寝た。
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by ong-bak | 2004-08-25 10:30 | 2004夏旅 
2004年 08月 24日

0824:コンポンクディへ

朝から後頭部に鈍い感触。体もだるい。
大事を取って午前中は休むことに。
屋上にゴザを敷いて横になる。青空に浮かぶ雲を見ている間に眠くなった。
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ガシャーンという音で目が覚める。頭から30センチほど離れた場所に、洗濯物を干していたパイプが倒れていた。危ない、危ない。
3っつほどあるパイプのどれが倒れてもいいように、場所を改めて寝る。

11時、やっちんが来て目が覚める。
飯を食って、コンポンクディへ向かう。
行く前に、姉妹の旅行者に、「今からPPへ行くのはどうしたらいいですか?」などと言っている。
シェムリからPPへの移動は、基本的に空路以外は全て朝しかない。この時間だと、ピックアップか乗り合いタクシーのみだ。
しかし、去年のSARS以降、収入が減った人たちが物盗になってしまい、車内での運転手による強盗が多発している。
クメール語が多少なりともわかるとか、男ならば問題はないが、女性二人、しかも一人は体調不良の人間を行かすわけにも行かない。「それでも行きたいのであれば、自己責任で。」と言い残し、後にした。優柔不断な姉妹で構っていてもキリがなさそうだったから。

バイクで東へ向かう。ロリュオスの先まではアスファルトの完全舗装で快適に走れた。
そこから先は砂利舗装であるが、問題なく走れる。
国道には、多くの古代の橋が残っていたのだが、去年から大工事をして、一部は残したものの、埋めてしまった場所もあった。
残っている場所は、古代の橋を迂回して道が付け替えられていた。
ダムデックまで40分で到着。
さらに東へ。途中、まだ工事の終わっていない橋の前後300メートルほどがまだ未舗装だったが、コンポンクディの手前まで、砂利舗装が終了していた。

コンポンクディの西端には、古代に作られた巨大な橋がある。現在も、国道として使用されている。
雨季にもかかわらず、水の量は思ったより少なかった。
砂煙がすごい。車やバイクが煙を巻き上げ、走って行く。
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橋の脇の低地で、馬が草を食べていた。

町でコーラを1本飲んで、戻ることにする。
隣に調子の悪いカムリが停まった。
運転手が、水のボトルを買ってきて、ラジェーターに2本半飲ませていた。飲料水なのにもったいない・・・
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帰り道、寺に寄る。
1軒目の寺の名前は忘れたが、髭を生やした像の近くに砂岩がいくつか転がっていた。本堂の裏に、小さなヨニ台が祭られていた。
2軒目のワット・クサイには、数個のラテライトと、2枚ほどの砂岩が落ちていた。偶然シェムリから来たという英語の話せる青年によると、昔、遺跡があったとのこと。

ダムデックで給油。
昨日、エンジンに水を被ってから、エンジン音があまりよくない。水圧でマフラーがずれたのか、変な音がする。

ロリュオス付近で雨に降られるが通り雨だった。

タケオに戻ると、先ほどの姉妹の片方が、ね氏のバイクの後ろの大荷物で乗っていた。結局、病院に行ったら入院になったらしい。

やっちんがプレ・ループで夕日が見たいとのことで、プレ・ループへ。ヘルメットを外して乗ると、やはり異音が耳につく。
プレ・ループにはビセットがいた。
西側は雨雲で今にも降りそうだった。東のほうが綺麗。
日本人だらけ。
あまり日が落ちる前に戻るが、スラ・スランの前から本降り。停めてもしょうがないので速度を上げ、町へ向かう。
新道には遮蔽物がないので、アンコールから南へ。ジャヤバルマン7世病院前ではやんでいた。

タケオに戻ってシャワーを浴びて、ベトナムについて聞かれていると、いかにも「PP
で沈没してるらしきおっさん」が色々口を挟んできて、うっとおしい。

飯食いに行って、ネットに行くが、ネット屋がありえんくらい満員。
ネットして帰る。
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by ong-bak | 2004-08-24 23:48 | 2004夏旅 
2004年 08月 24日

0823:わにえん周辺大洪水

昨夜も早く寝たものの眠りが浅い。

遅くに戻ってきた連中がドミ内ででかい声で喋っている。
眠りが浅いため、何度も目が覚める。
特に隣のベッドの男が、調子ぶっこいて喋っていた。先日のハッピーピザの件の馬鹿だ。
そいつが風呂に入ってやっと静かになったかと思うと、また喋り出すのがいた。

さすがにブチ切れる。
ドミに宿泊しているのである程度のことには目をつぶろう。
早朝の目覚まし、深夜の荷物の整理、トイレ、シャワーなど。
しかし、ほとんどの人間が寝ているのにも関わらず電気を点けたまま、延々と話されていてはたまらない。
自分でも分かる、明らかに無愛想な顔で「あのさー、もう2時半なんだよ。電気消してもらえる!?」とぶっきらぼうに言い放った。
「す、すみません!」そう言って電気を消した。
電気が消えると、不思議なくらい、すっと眠りにつけた。

7時起床。
プサチャー近くのパン屋へパンを買いに行くのを兼ねて、川の様子を見に行く。
歩道を挟んで、水面と道路の水の高さはほぼ同じ。
下流に流れ切れなかった水が、排水溝を伝って道路に溢れていた。
市内を流して戻ると、今朝、喋っていた女の子が「昨日はすみませんでした」と言ってきた。

やっちんも起きてきたので、川の話をすると、行こうということになり、町の南へ。
シヴォタ通りとシェムリアップ川が接近する辺りで大洪水。近所の学校の校庭など、プール状態になっていた。
その先で軽く水は引くのだが、クメール伝統織物研究所先で、橋から水が全て道路に上がってきてわにえんの手前まで大洪水。
そして、わにえんの先から100メートルほどが、ひざまで浸かるほどの大洪水で、エンジンなど余裕で水中に。エンジンは止まるほどの水量。
水の抵抗は結構強く、2速でもしんどい。
そこをピックップやら大型バスがぶんぶん走る。波を打ち、気をつけないとこっちが流される。

一度諦め、周囲で撮影。川の東側はかなり浸水していて、どこが川で、どこが道なのかわからなくなっていた。
他のバイクの様子を見て、やっちんには歩いてもらい、一人でバイクで突き進むとなんとか突破できた。
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トンレサップまで、何箇所か水溜り程度の水が溢れていたが、下流はほとんど問題なし。
やはり、わにえん脇の堰から溢れているようだった。

豆腐を買って、一度タケオに戻る。
停電。

室井滋のエッセイを一冊読み終えてしまった。
やっちんの姿がないので、ネット屋にも行くがおらず、飯を食いに行く。

停電も回復し、やっちんも飯を頼むというのでその間にネットへ。
昼間はまだ快適。サクサクデータ送信。

再び川のほうへ。今度は上流。
子供が橋から飛び込む写真は腐るほどあるので、撮るほうも飽きてきた。
やっちん宛のEMSがいつまでも届かないので、郵便局へ。
一応、俺宛も確認すると、KYOさんからフィルムが届いていた。
感謝です。

一度それを持ってタケオに帰り、プサチャー周辺へ撮影に行くが、たいした被写体もなく、オレンジヨーグルトジュースを買って帰る。

先ほどまで、今日ほど素晴らしい夕焼けはないと思っていたら、真っ黒な雲が急に出現。
瞬く間に南の空を覆う。
タケオの屋上でゴザを敷いて空を見ていると、雨前の強い風。
それでも雨雲は流れ、かすかに夕日が空をオレンジ色に染めた。
椰子の木の葉の間から、真っ赤な太陽が見えた。
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夕食はトンレサップのビアガーデンへ。トゥクとバイクにメ一杯乗せて向かう。
トンレサップ近くの湿地帯の上に組まれた竹のその店は、無数のハンモックが吊るされていた。
今まで、夜は雨の日が多く、夜空なんてほとんど見上げなかったが、トンレサップの空は澄んでいて、半月と散りばめられた星々が輝いていた。
ふわ~と浮遊する、蛍光緑の物体は蛍で、湿地帯を覗き込むと、かすかな光が揺れて見えた。

体調がまだ戻っていないのでコーラで乾杯。ビールが飲みたい・・・
皿に山盛りで運ばれる海老、牛肉。
鳥の丸焼きが来たころには、門限時間近く、頬張って食べたが全く味がしない肉で、口の中で大きくなるだけだったので、店を出たときに吐き棄てた。

慌ててチェーに送ってもらい、タケオに戻る。
今夜もモムさんはゲームボーイの「落ちゲー」に夢中。
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by ong-bak | 2004-08-24 10:17 | 2004夏旅 
2004年 08月 22日

0822:ね氏犬に噛まれる ラチャヌー登場

薬も効いたのか、大分体調もよくなる。でも朝飯はソフィテルパン2個。
新館の前にいると、工夫の少年がやってきて、クメール後で何か言い出した。
「チュカエ カム シンタニ」
という単語が聞き取れた。ええーー、ね氏が犬に噛まれた!?
慌てて外へ出ると、顔面蒼白なね氏が足を引きずってやってくる。
本人いわく、飯を食ってないから血の気が引いたといっているが、殺るなら今しかないというくらいに死に掛けの顔。
聞くととなりの雑貨屋のルルに噛まれたという。
ルルは常に人を見ると吠えるかわいらしくない犬で、以前あまりにも吠えたため、はいていたサンダルでその鼻っ面をぶんなぐったことが一度あった。その時は、犬歯剥き出しで追っかけてきたので逃げたのだが、よっぽどしつこいことをしたのだろう(本人は否定)。
しっかり傷口を撮影したり、ちゃっかり注射も薬局で売ってもらって薬も貰ってきていたのだが、今にも死にそうだった。
皆、心配しつつ、苦笑していた。
ネット屋を覗くと、ネット屋のオーナーが手招きするので行くと、笑いながら「噛まれただろ」と言っていた。一躍近所の有名人である。

ね氏が部屋に戻った後、帽子を深く被った女がやって来た。誰やん、お前。と、思っていると、「遠藤ぉさぁーん」と聞きなれた甘い声を出す。
ラチャヌーだった。
ラチャヌーはちゃんとした日本人なのだが、色も黒く、クメール語も多少喋れるため、いつの間にか皆ラチャヌーと読んでいた。
(モムさんの長女がラチャナー、次女がラチャニーで、語尾が偶然日本語の「な」「に」だったた。モムさん妹チャリアの長男がカッカダーだったため、生まれた次男、三男はカッカディー、カッカドゥーと呼ばれている←本名は別にあるのだが、誰も呼ばない。その公式?によって、ラチャヌーのあだ名を付けられた。一応、モムさんの隠し子という設定らしい。)
ラチャヌーはタイで留学中なのだが、明日から親がカンボジア旅行に来るそうで、そのためにカンボジアに来ていたそうだ。

午後はそんなラチャヌーや怪我したね氏、体調まだ完璧じゃない俺も含め、総勢20名近くでバライへ。
バライの南西隅という定ポジションへ。
なぜか白衣を着て登場したアキラ先生、まっさきに全て脱いで俺に渡し、スタコラと泳ぎだす。
水量は今までで最大級で、普段は砂浜になっているよな場所までほとんど水。
泳げない俺とね氏は写真撮影に集中し、体調不良でベン・メリア行きをキャンセルした、同じドミの近藤氏はビデオ撮影をする。
白人の子供が一人で浮き輪で沖へ流れていくのを見て、助けに向かうアキラ先生と、もう一人の日本人がいたが、親は全く気付かず。
やっと気付いたと思ったら、口笛を「ピィ~」と吹いただけ。日本人が助けに向かってるのを見ると、安心しきっていた。
そんなん聞こえるわけないし、貴様のガキは犬じゃないんだから戻って来る訳ねーだろが、このボケナス!
結局救出した先生たち、子供に後ろから殴られるわ、勝手に潜るわ散々だった様子。そして親から一言の礼もなし。

ほどよくバライ名産の地鶏の丸焼きが登場したが、食欲もなかったのでつまむ程度で遠慮する。

先ほどの子供がまた勝手に沖に向かって泳いでいた。クメール人の子供が心配そうにこっちの服を掴んできたが一同無視。ライフジャケットも着けて、親もまたほったらかだ。先生の話だと、もう泳げるらしい。様子を見てると勝手に泳いで岸まで戻ってきた。

日も落ち始めたころ、タケオまで戻る。
通り雨が過ぎたころ、朝6時にコーケーへ行ったやっちんが戻ってきた。
道は相当ひどかったらしい。でも満足していた。

ね氏と飯を食いに行って豆腐を買って帰る。
豆腐を食おうとしたら、先日までタケオに泊まっていた、目つきの悪い口の利き方を知らない男が、7人連れてきた。
モムさんは明日から予約が入ってるからずっと使える部屋はシングルで1つ、今日だけ使える部屋もシングルで1つと言った。
結局、2人の女の子が泊まることになり、その応対などをしていたら豆腐はぬるくなっていた。魚醤油に漬けて食べた。
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by ong-bak | 2004-08-22 11:42 | 2004夏旅