エンドー帝国  カンボジア撮影日記

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カテゴリ:2004夏旅 ( 69 )


2004年 10月 05日

1005:日本へ

b0003143_2129359.jpg明け方まで眠い目をこすってネットなどをしていた。
まんじさんの家の1階のソファで、1時間ほど寝る。
まんじさんに起こしていただき、出発。
タクシーで空港へ向かう。
タクシーは、途中でガスを入れるのだが、その間メーターは回りっぱなし。
メーター止めろよ!
なんか大回りされているような気もしつつ、最後だしどうでもいいので何も言わない。

空港でチェックインを済ませ、ネットスペースへ。
以前持っていたネット屋のカードが期限切れたので新しく買う。
90分で100B。高いが仕方ない。
ネットに接続し、メールアドレスの設定変更。
ホットメールへの転送を携帯電話に替える。これで飛行中に届いたメールは成田到着と同時に見ることができる。
出国して制限エリアへ。
片手に20本くらいのフィルムを持っていたのだが、小さいビニール袋だったので、免税店でビニール袋をもらって入れ替えた。

b0003143_21301787.jpg機内に乗り込んで、読み途中だった「メナムの残照」を読む。
座席は非常口のすぐ後ろで、左はスッチーが飯や飲み物を用意するスペースだった。
窓際ではなかったので、離陸した直後、まんじさんの家上空付近を見ることができなかった。
それだけではなく、ラオスのチャンパサック付近の上空を飛ぶのをすっかり忘れていた。
バンコク~台北間だけでも窓際にすればよかった。
機内食も食べ、うつらうつらしていると、左側のスッチースペースを覆い隠すカーテンの隙間から、床に座り込んで喋るスッチーが見えた。
チャイナエアラインの制服はかなりきわどいスリットが入っているのだが、カーテンの隙間から太腿がちらちら見えたが、生足じゃないので却下。(←どーゆー基準なんだ?)
つーか、チャイナのスッチーは節操がなさすぎる。
以前も、客が乗機し始めているのに、
「今日、○○ちゃんの彼氏が乗ってるらしいよーー」
「えー、マジぃ?後で見に行こうよー」
なんて会話をしていたことがあった。
オメーら、客の前でそんな話をしてんな、ヴォケ。

そんなかんなで経由地台北着。
1時間半の乗り換え時間。
ここ数年、チャイナエアラインをしようするようになったので、乗り継ぎでよく来るが降りたことはない。
俺の中で台湾は、中国より栄え、香港より田舎なイメージがある。
地域扱いされたりしているが、政府もあって軍もあるのだから国として考えていいだろう。
少なくとも、本土の人間よりか常識人はいるだろう。
ぐるっと徒歩で空港内を一周して乗り換え。
再びX線検査。
台北は、結構厳しく何度もフィルムを機械に通されたことがある。
今回ネットで「私は写真学生で、このフィルムは感度増感して使用しているので手で検査してほしい」と中国語と英語で書いた紙を差し出すと、なんとかハンドチェックをしてくれた。
日本語の新聞配布がものすごく少ないので、早目に並んで機内に入る。
産経新聞しかなかった。

今度は窓側。
台北~日本路線なので、日本人のスッチーも多い。
新聞を読んでいるうちに定刻通り出発。
新聞を読み終えてうつらうつら。
飯で起こされる。
機内食2回はさすがに飽きるが我慢して食べる。
ビールを頼んだが持ってきたのは相当後だった。しかも常温…。
バンコク~台北ではシンハを2本飲んだが共に冷えていてうまかった。
ビールを飲み終わった頃には着陸態勢に入り、機体は降下して行く。
雲の上は静かだったが地表は雨。
着陸寸前まで何も見えない。
空港が見えたと思った時、羽に雨が当たって弾けた。窓の外が一瞬真っ白になる。それが数度繰り返され、着陸。
翼が大きくたわんだので、雨でスリップしないかと少々不安。

着陸したので携帯の電源を入れる。
いくつかのメールが届いていた。
機体は時間を掛け、駐機場へ向かう。
健康チェックはタイの場合申告しなければいけないのだが、無視。
俺は「台湾からの飛行機」で帰国したのだから。
入国はすんなり通され、ターンテーブルから出てくる荷物を待つ。
b0003143_21323251.jpg
入管で荷物を開けられなかったことはほとんどない。
先日の韓国は、全員で「研修です」と言うとすんなり通してくれた。
帰国の際はいつも、きったない服ではなく襟付きのシャツにしたりして気を使っている。
色々めんどくさいので、女性係官の間を抜けようと思ったが、荷物出てくる頃には全て男に代わっていた。何で??
やっと出てきた荷物を背負って入管へ。
バンコクから同じ飛行機だった男が、見事に引っかかり、相当荷物をチェックされていた。
その隣の列に並ぶ。
すぐに俺の番が来て、どうせ開けられるので荷物を机の上に置いた。
係官はパスポートを見て「どちらから?」と聞く。
「カンボジア」
そう答え、少しの間パスポートを見ると、「どうぞ」と通してくれた。
うーん、いい人だ。

その足でリムジンバスのチケット売り場へ。
いつもは京成、都営、京急と乗り継いで帰れば2000円なのだが、今日はバスで横浜まで出ることにする。
正直値段は2倍になるが楽だ。
カンボジアで40ドルと言えば大金なのに、日本では簡単に消えてしまう。

バスを待っている間にAUに電話して料金のことを話すが短い時間で話にならないので明日掛けなおすと告げ切った。
リムジンバスの乗車率は50%ほど。
外は雨。
メールを色々しているうちに湾岸を抜け横浜に着く。
携帯の電池も消耗が早い。
バスを降り、15キロのバックパックと機材の詰まったバックを前後に背負って、京急の改札へ向かう。
時折ブーツ姿の女性を見かけた。日本はそんな季節なのか。
秋の風が身にしみた。

京急で約30分で自宅へ。駅からは小雨だったので歩いて帰れた。
久々の自宅。
とりあえず玄関に荷物を解く。
昨夜パンから貰ったバラは、つぶしてしまったがまだ綺麗な赤い色を放っていた。
バンコクから日本へ。数時間だが、全てが違うように思えた。
つい24時間前、俺はバンコクにいた。それが今は日本にいる。
不思議だった。夢から覚めたような感覚か。
おかんは相変わらず元気そうだった。
機内食を食べたとはいえ、腹は減っている。
久々の家での食事。
佐倉の味噌を弟が持って来たそうで、味噌汁の味が濃かった。
カンボジアでも豆腐を食べていたし、まんじさんの家で納豆も今朝食べていたので、驚くほど新鮮味はなかった。
逆に牛乳だけは新鮮で、冷蔵庫に3本も入っていて多いと思ったが、この日のうちだけで1本半飲み干した。

深夜にまで写真のデータのコピーや整理で、結局寝たのは4時過ぎ。
でも時差も2時間あるので、タイ時間ならばそんなに遅いわけでもない。
今日はも寝よう。
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by ong-bak | 2004-10-05 05:57 | 2004夏旅 
2004年 10月 04日

1004:ユメノオワリ、タビノオワリ

パンティープへ。
以前あったコピーCDの屋台が全滅に近い。
かなり警察の手入れが厳しいようで、客が注文すると、別の場所から運び屋が登場。
服の下、ズボンにブツを隠して、店員のねーちゃんにさっと渡す。
そしてねーちゃんもさっと隠し、依頼した客にブツを渡す。
近くに警官の姿は無かったが、かなり真剣に恐れているようだった。
その割には、GBAのコピーソフト販売は問題ないようだ。

511のバスで戻ろうとしたが、いざ乗ると高速路線のようで次の停留所で降ろしてもらう。
しかもなりの距離を走ったので、歩いて伊勢丹の前まで出た。
改めてバスに乗り、まんじさん宅近くまで戻る。
スクンビット沿いの屋台で黄色麺を食べる。
部屋に戻って荷物を詰め替え、再出発。
BTSのカードは、見事今回の乗車で使い切った。
サイアムで乗り換え、ゲームボーイ屋を見るがべらんぼうに高い。
やっちんに頼まれたおみやげだけ購入する。
19時、アンに電話すると、すでにサイアムのマックにいると言うのでサイアムへ向かう。
アンはマックの前で待っていた。

LOFTに、今の職場で扱っている品があるというので見に行く。
今の会社では、陶器のフォトフレームを扱っているらしい。
職場は暇らしい。前の職場が忙しすぎたそうだ。
LOFTは様々な商品があり、日本では行ったことがなかったが、帰ったら見に行ってみようと思った。

パンから電話があり、しばらくするとパンたちがやってきた。
パンは、俺とアンに、タイのガイドブックと地図、バラの花を一輪ずつくれた。
花をちゃんともらったのは高校の吹奏楽部の定期演奏会以来だ。
高校3年の定期演奏会の帰り、駅のホームに持ちきれないほどの花束を、片手サックスの馬鹿重いケースを持ちながら抱えるように帰ったことがあった。
パンのくれたバラには微かに水滴が残っていた。

そのまま8番ら~めんへ。
アンの友達は、皆何を食べるときも唐辛子を大量に入れる。
特にパンの彼女は異常ともいえるくらいぶちまける。
ラーメンの上が真っ赤になるくらい入れるのだ。
それで平気な顔をして食べている。
スープをひとくち飲ませてもらったが尋常ではない。
俺が頼んだオーダーはざるラーメンだったので、わさびが付いてきた。
同じ辛いものでも、わさびはだめらしい。
一同顔をしかめる。
パンの彼女は顔をしかめ、アンは「ノー、オイチィ」と言う有様だ。
赤けりゃいいのかもしれない。

BTSの改札でお別れ。
せっかくパンにもらったバラの花だが、どうしようか困ったものだ。
正直、花を贈られるのは困る。
人間の一生を数日で見ているようだ。
楽しかった思い出も一緒に萎びてしまうような気がした。
かと言って、どこかに置いていくわけにもいかない。
返そうとすると、茎を切って本で挟んで持って帰ればいいと言われた。
せっかくなのでそうすることにする。
皆と握手をして、改札を抜けた。
エスカレーターを昇っていく間、4人はずっと手を振っていた。
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今まで、カンボジアへ行くために通り過ぎていたタイ。
もう、「通過点」ではなくなった。
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by ong-bak | 2004-10-04 03:05 | 2004夏旅 
2004年 10月 03日

1003:サヨナラ、カンボジア また逢う日まで!

4時半過ぎに起床。
荷物をまとめ、いよいよ出発。
KYOさんがわざわざ起きてくれた。
外でモムさんに会計をお願いする。
ちょうどアキラ先生がバイクで来た。
ちゃんと起きれたようだ。
いよいよお別れ。
寝起きのモムさんに手を振る。
二ヶ月近く過ごしたタケオ。
毎回のことだが、帰り際は寂しい。
今回が最後のつもりが、いつの間にかそんなことはなくなってしまった。
そう思うと、いつもより少し気が楽だった。

タケオの前の寺では、入り口にろうそくの炎が揺らめいていた。
お盆だ。
多くの人たちが、食べ物を入れていたらしき容器を持って帰って行く。
闇の中に浮かび上がるその光景は幻想的で、絶対にこの国へ戻る決意を固めた。

先生の家まで車で行く。
大家さんの家にバイクを預けた先生の荷物を積み、5時15分、国境へ向け出発。
薄暗い国道を西へ。
ドライバーはおとなしい性格かスピードはそんなに出さない。

国境まで3時間ちょっと。
タクシーはやっぱり快適だ。
1人だとさすがにきついが2人ならば使ってもいいと思えるようになった。
以前よりも確実に財布のひもが緩くなっている。
前は確かにキャピトルのトイレシャワー共同でも耐えられたが、最近はトイレ付きの部屋にしている。
タイでも、タクシーやディスコでお釣りはチップとして渡している。
「年をとると、貧乏旅行はきつくなるんだよ」
先輩方が言っていたことがだんだんと現実化してきた。
よく考えると、俺、バックパッカー歴12年なんだよね。
国内で中学生の時からやってたから。

いつもよりも少々遅いペースで国境着。
カンボジア国境は、カオサンバス到着時間より当然早いのでほとんど誰もいない。
すぐにパスポートが返される。
タイ側のイミグレはフィリピン人で混んでいる。
先生の前に堂々横入りした女を先生が押しのけた。
反対側のタイ出国の事務所には、日曜日ともあり、カジノへ遊びに行くタイ人が長蛇の列。
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中に、日本人パッカー3人が、身をちぢこませて並んでいた。
タイ入国で、カンボジアビザが連なってからか、タイの滞在先をまんじさんの家にしたからか、質問される。
「どこに泊まるのか?」
「何日滞在するのか?」
入国用紙には「滞在期間10日」と書いておきながら、「4,5日間の滞在」「5日の飛行機で日本へ帰国」と矛盾を言いまくる。でも特に問題なく入国。

トゥクトゥクでバスターミナルへ。
先生がタイ語で数言喋って走らせる。
知ってはいたが、タイ語喋る姿を初めて見た。
しゃべり方はクメール語と同じ感じで喋っていた。

バスターミナルでジュースを飲んでバスを見ると、運転席に座っている先生。
どけと言われ、どく姿はタイに来てもカンボジアと一緒。
でも、タイ人にはクメール人のような笑っての冗談はあまり通じないと思う。
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9時半のバスでサケオまで出る。座席のピッチが広くて楽だ。
1時間程度でサケオ着。
バスターミナル近くの食堂で飯を食う。馬鹿デカイコーラの瓶に驚く先生。
エカマイ行きバスでバンコクへ向かう。先日と同じ車掌さん。
今度は座席ピッチが狭くてきつい。
2時間弱でバンコク着。

まんじさんの家に近いロータスで停車したので、歩いてまんじさんの家まで歩く。
先生と一緒に昼食のトンカツを頂く。
先生がMBKに行ったので、まんじさんのPCをお借りしてブログ補完。

8時半に先生がタクシーで空港へ。
スクンビットまで便乗する。
これでしばらく先生ともお別れ。

BTSとバスを乗り継いでカオサンへ。
野田さんと再会。
寺裏で飲む。
見事ヨーロッパ自転車旅行を終わらせたそうだ。
1日の走行距離は160キロにも及んだそうだ。
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by ong-bak | 2004-10-03 17:37 | 2004夏旅 
2004年 09月 30日

0930:我らがタケオゲストハウスの名を語る不届き者

気が付けば9月も今日で終わりですね。
朝から犬の虫取り。
痛がってなかなか進まない。
米粒大ののみだかダニが取れた。

昨日、プノンペンからのバス発着所に、タケオのバイタクでない人間が、「タケオゲストハウス」と看板を掲げていたと聞き、囮捜査決行。
二人の容疑者の撮影に成功したので、晒し者といてここに載せることにする。
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今日もトンレサップへ。
夕方のひとときをビール飲みながら過ごす。
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by ong-bak | 2004-09-30 10:23 | 2004夏旅 
2004年 09月 29日

0929

昨日夢を見た。
タケオ常連でチュモーの飼い主の佐々木大先生の夢だった。
先生も、一昨日佐々木大先生の夢を見たらしい。

モムさんも夢を見たそうだ。
車をあてもなく運転していると、ティーから電話がかかってきた。
進む道は何もない一本道。
ティーだけでなく、みんなが「モムさーん、モムさーん」と呼んでいる。
車を停めたら目が覚めたそうだ。

夕方プノン・クロムへ。
帰りにビアガーデンでハンモックに揺られながらビールを飲む。
最高。
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by ong-bak | 2004-09-29 10:48 | 2004夏旅 
2004年 09月 28日

0928

最近、町で「タケオゲストハウスはヤバイ」と噂を流している輩がいるらしい。
昨日は地雷博物館にいた日本人、旅先で会った女など・・・。
はっきり言って、タケオがヤバイ場所だったら、カンボジアに入国して無事生還する日本人はいないだろう。
まぁ、噂の出所は検討がついているのだが。
タケオゲストハウスの敵は俺の敵。

本日は最愛の祖父の命日だ。
あれは土曜だったなぁ。

パソコンのHDを摘出し、移植してみるが駄目。
これはマジでやばいかもしれない。
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by ong-bak | 2004-09-28 21:18 | 2004夏旅 
2004年 09月 27日

0927:雨のアンコール

朝は大雨。明け方にやんだので朝日を見に行く。
池に足まで使って逆アンコールワットを撮影。
ホワイトバランスを変えて、あえて青くして撮影。

アンコール遺跡群の入場券が今日までなので、今日もこれから遺跡へ行きます。
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by ong-bak | 2004-09-27 12:10 | 2004夏旅 
2004年 09月 26日

0926

やっぱりPCダメです。HDみたい・・・
ふるやん、上條君、帰国したらばらしてデータ退避手伝ってください。よろぴく。

えーっと、今日はアンコールワットで一日昼寝をしてきます。
では!


b0003143_17554171.jpg・・・アンコール・ワット行ってきました。
雨に降られ、逃げ惑う人を撮影したかったので、じっと雨を待つ。
なんとか振ったけどまぁ、しょぼい雨。
第三回廊で、先日バンコク買った小説を読もうとするがクメール人が英語を喋りたいらしく次々に来る。
最後はうざすぎて適当にかわした。
昼ね。
トイレにいきたくなり、下の寺へ。
アンコール・ワットが見渡せる芝生で、ありに噛まれながら昼ね再開。
夕方まで満喫しました。
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by ong-bak | 2004-09-26 10:09 | 2004夏旅 
2004年 09月 25日

0925

毎日ここへかかさず遊びに来て下さる皆様、大変申し訳ございません。
完全にPCぶっ壊れたため、日記のワードでうつくともできず、しばらく一行日記で更新させていただきます。
大変心苦しいですが、これからもエンドー帝国をよろしくお願いします。

本日アンコールワット観光。
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by ong-bak | 2004-09-25 09:51 | 2004夏旅 
2004年 09月 24日

0924:VAIOぶっ壊れる(仮)

いつもどおり、朝起きて日記を書いていた。
VAIOを起動したとき、若干今までより遅さを感じた。
ノートンを入れたからだろうか?

午前中、モムさんと新しい国境について話す。
このままだと、何も知らないお客さんに、ポイペト経由と表記されたチケットを売り続け、モムさんが悪者になる可能性があうからだ。
旅行会社に電話をして確認するモムさん。
俺もVAIOを持ってきて国境の写真を見せようとする。
スイッチを入れて起動させるが、様子がおかしい。
いつまで経っても壁紙が表示されただけで、アイコンが一切でない。
うんともすんとも言わないので強制的に電源を落とした。
旅行会社の話だと、その日は道が悪くてダウングに行ったなどと言う。
大嘘だ。
俺たちの乗ったバス以外、ダウングに向かったバスは1台もない。
とりあえず、地図などを使ってモムさんに状況説明をする。

話し終わってVAIOを起動させるが、画面の左上で、カーソルが点滅しているだけでまったく動かない・・・
先日のバンテアイ・チュマールや線路で撮影した写真を含め、6000枚近くのデータが消えたことになる。
ドラクエでラスボス近くまで行ったのに、「おきのどくですがぼうけんのしょ1はきえました」状態だ。
マジ悲惨。
しかし、なぜかのた打ち回るほどあせりはしなかった。
そこには大切なデータが入っているのに。

頭痛もするので、13時過ぎから屋上で寝る。17時まで寝ていた。
最近、どこかで意図的にか、パイリンでサファイアが採れると情報を流しているアホガいる。
サファイアじゃなくてルビーなんですけど。
しかも素人が行って簡単に採れるわけがないし、もう数年も昔の話である。
アホな話に乗せられる日本人旅行者がいた。

晩飯はまんじさんたっての希望でスープドラゴンでクメール鍋。
ばったりと昔仲良かった在住の女性と会ってしまった。
狭い町なのに思いのほかに会わないものだ。
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by ong-bak | 2004-09-24 12:08 | 2004夏旅