カテゴリ:写真日記( 919 )


2004年 10月 09日

1009:誕生日

ハッピバースディ、俺。
ハッピバースディ、俺。
・・・以下明日まで繰り返し。

台風が来てる。その割には起きたら曇り。雨なんか降っていない。
友人と会う。
近所のダイエーでお好み焼きをコースで食べる。
当然のことながら見本より量が少ない・・・
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ボーリングして、映画「ヴィレッジ」を見る。
内容はどうでもいいわ。
ストーリーも佳境に入った頃、ステージ脇が轟音と共に突風を放ち、入り口のドアがばったんばったん閉まったり開いたり。
すっげー演出・・・と驚くが、場面と合っていない。
どうやら台風の影響で外壁がぶっ飛び、風が入ってきたらしい。
スクリーンは大きくはためき、雨風が客席に流れ込み、出入り口の扉がけたたましく開閉する。
後ろの席の外人は大喜び。
うっせーよ、オメー。
係員がやって来て、上映中に平謝り。
上映中も風の音がずっと響いていた。

上映が終わると、びしょ濡れの作業員がどっとやってくる。
先ほどの職員は帰る客全員に頭を下げていた。
外を見ると、風は確かに強いようだった。
ダイエーの中をもう少し回り、軽く飯を食って車で出る。
駐車場代金3000円!ちょっと高いんでないの?
雨と風はぴたりとやんでいて、台風が来てたのは嘘みたいだった。
路上に散乱する木の枝や、倒れた自転車が風の強さを物語っていたが、実感はなかった。

あとで新聞やニュースを見ると、映画を見ていた時間が、ちょうど横須賀に上陸していたようだ。
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by ong-bak | 2004-10-09 01:27 | 写真日記
2004年 10月 08日

1008:台風接近中

日付も変わって、カンボジアのモノクロフィルムの現像開始。
左の円筒形状の金属物質が、現像タンクといいます。
この中に35ミリフィルム(一般的に使われているフィルム)が4本、リールに収まって収納されています。
このタンクに、薬品を入れてシャカシャカ振ってると像が出てくるという訳です。(かなり省略した説明)
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深夜にこんな作業を繰り返して8本現像。
本日はこれでやめて寝る。

朝10時起床。
今朝のフィルムの片づけなどをして家に帰る。

夕方、久々に地元の友人と会う。
台風も近いし、雨なので車が多い。
友人を拾って一回りして、モスで軽く食べて別れる。

明日は誕生日なのに台風直撃らしい。
ネットの天気予報だと、今日は「雨」なのに、明日は「暴風雨」と表示されていた。
呪われてるとしか思えない。
嫌がらせか、コノヤロー!
最悪。
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by ong-bak | 2004-10-08 02:37 | 写真日記
2004年 10月 07日

1007:久々の大学(2ヶ月半ぶり)

ここの熱心な読者と身内はご存じだと思うが、俺は学生である
よく、「院生です?」と聞かれるが、ふつうの大学生だ。
俺の通っている学校は、東京工芸大学といい、所属は芸術学部写真学科だ。
全国で4校しかない、写真学科のひとつである。(他は日芸、大芸、九産大)
かつては、「東京写真大学」という、カタイ名前の大学だった(俺は今でもその方がいいと思っているし、戻すべきだと思っている)
バックパッカーには、「アジアンジャパニーズの小林紀晴の出た大学」と言えば通じていたのだが、最近はアジアンジャパニーズを知らない若い世代のパッカーが多い。
一応、去年創立80周年を迎えた、実に由緒ある学校なのである。

まぁ、俺はそんな大学のフォトジャーナリズム研究室(通称2研)に所属している。
名前の通り、フォトジャーナリズムについて研究する研究室だ。
教授は日大の写真学科出身の大石芳野教授。
ゼミは毎週木曜日に行われる。
後期の始業が9月16日で、23日が休日だったので、16を休めば、カンボジアに長居できるので休むつもりだったのが、16日が休講になったため、急遽滞在期間を延長し、10月頭までカンボジアにいたのだ。

ゼミの内容は、各自学生が写真を持参し、それについての討論である。
短く言えば「けなし合い」だ。
言い方は悪いように聞こえるが、これが結構効果があったりするようで、同期の写真を見ていると、メキメキと腕が上がっているように見える。
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一応、「就職はどうするの?」と聞かれたが、「カンボジアでまだ撮影したいものが見つかったので行こうと思います」「それはいいわね」なんて感じである。
一般大学は3年次のこの時期に就活をしているそうだ。

久々の大学。
出入りの業者さんは、「しばらく顔見せねぇで!」なんて言っていた。
まんじさんの家でカットとカラーしてもらったのがなかなか好評のようだ。
またバンコクへ行ったらやってもらおう。
カンボジアでは、髪の毛を染めたりしている人間は不良と見られていたので、「何だ、その頭は」とよく言われたが、日本だと反応が全く違う。
髪の毛切ったせいもあるが、「痩せた」と言われる。
まだ帰国して体重計に乗っていないが、シェムリへ行くと、5~10キロほどいつも痩せる。(もちろん元に戻る)
7月の写真を見ると、確かに俺、デブだ。

しん君に頼まれていたCDで、俺の聞きたい曲が入っていた。
半年くらい前のタイのディスコで、その曲がかかると、客は全員で熱唱し、DJが音を止め、全員がアカペラで歌っていた曲だ。
シンタが買って帰ったディスコCDの中に入っていて、後で曲目を送ってもらっていたのだが、しん君が欲しいと言っていたCDのバンドがその人たちで、同じ曲がそのアルバムに入っていた。
彼が欲しかった曲も同じ曲だったようだ。

本日からカンボジアのネガを現像しようと、現像液を作った。
昼間、現像液は買ったものの、ネガを収納するネガシートを買い忘れた。
3研の院生、ふるやんがヨドバシまでチャリで行くというのでチャリでヨドバシまで行ってネガシートを買う。
本日は大学宿泊。
気分が乗らないのでだらけて時間だけが過ぎる。
そんなこんなで今日も1日が終わる。
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by ong-bak | 2004-10-07 10:44 | 写真日記
2004年 10月 06日

1006:何もしない1日

10時くらいに目が覚める。
昨日のデータコピーをする。
データをコピーする外付けHDの片方が別売りのACアダプターを装着しないとUSB2.0にならないのでえらく時間が掛かる。
息抜きに近所のセブンイレブンへ。
タイのセブンイレブンと違い、広く明るい。3倍は広さがある。
頼まれたパン買って外へ出ると、綺麗な秋晴れだった。
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本当はバイト先へ行って写真を出力するつもりが、全てがめんどくさくなりやめる。

夜、帰宅した時に玄関に山積みになっていた文庫本を売りに車でブックオフへ。
古い大型書籍はまったく買い取ってもらえず、50冊ほどあった文庫本でしめて2000円ちょっとになった。
待っている間にゴルゴ13を2冊買った。読み終わったら今度カンボジアへ持って行こう。
なぜかアジアの日本人が集まる場所にはゴルゴが多い。
以前は読んだことがなかったが、今はすっかり読み漁るようになってしまった。

その足で深夜営業している大型スーパーへ。
運良く本屋がまだ開いていたので旅行中に発売されていた本を購入。
1冊は浦沢直樹の「プルートゥ」。「鉄腕アトム」のリメイクだ。
「20世紀少年」の新刊はまだ出ていなかった。
ビールをおかんと買い込む。
タイでは80円のシンハーが315円もした。
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冬麒麟が出ていたので冬麒麟にする。
おかんは最近のはキリンにしたようだ。以前はアサヒだったのだが。
新しく出た発泡酒は、うまくないと言い切っていた。
モルツは以前から水を変えて、赤城や丹沢などの自然水でビールを作っていた。
コンビニなどでも売っているのだが、ケースで卸す時、ひとケース全てが「赤城」だったり「丹沢」で、店によっては一種類しかなく、飲み比べなど全くできない。
そもそも流通方法が間違っている。
4種類あるのだから、1ケースに別々の4本パックで販売すればいいのに。サントリーってとてつもない馬鹿な会社だと思う。
さて、このモルツなのだが、家に帰っておかんと飲み比べをした時、うまいまずいは別として、はっきりと味が違う別物であった。
片方は切れがよく、片方はまったりとした風味だった。
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by ong-bak | 2004-10-06 10:49 | 写真日記
2004年 10月 02日

1002:新築パーティー

本日はタケオ新館(新・新館?)の新築パーティ。
カンボジアで新築記念は、結婚式の次に重要だそうだ。
元々、建築が遅れに遅れてた新館だが、当初、モムさんが10月1日に客入れを開始したいと話していたので、急遽9月24日の航空券を延長したら、パーティ間に合わせてくれると言うので、帰国を延長したのだ。
結局、10月1日のオープンは無理でも、パーティーはやってくれることになった。

朝6時、起きると既にモム一族の兄弟の嫁さんが集まり、食材の準備や食器の準備もしていた。
準備風景を撮影し、とりあえずデータをネット屋に行ってコピーする。

7時過ぎには尼さんが新館の屋上に集まり始めたので、短パンを長ズボンに着替え、機材を持って屋上へ。
ラチャニーの日本語学校の担任、るーみんもやって来た。

向かい合った尼さんの列が二組。
奥にお坊さんが横に座っている。
寸胴鍋が運び込まれ、お坊さんと尼さんに黄緑色の液体がかかったカンボジア麺、ノンバッチョックとジュースが配られる。
お坊さんのお祈りと食事。
我々旅行者にも配られる。
色でもうダメな俺は、るーみんのを一口もらったが、全くダメだった。
それでも3杯ほどお代わりしている強者旅行者もいた。

一気に式を進ませず、微妙な間を持たせばがら式は進行する。いや、間が長すぎるから進行とは言わないのか。
調理場を覗くと、知らない人も数人いるくらい大勢で肉などを調理している。
よーく見ると、毎朝フランスパンを売りに来るおばちゃんが、白いいいシャツを着て肉を切っていた。
カンボジアの新築パーティーや結婚式って、親類だけでなく、屋台のおばちゃんとか、近所のバイク修理屋のあんちゃんとかが、めちゃくちゃ着飾って(特に結婚式)来るので、面白い。

お坊さんの前に白い布が用意される。
施工主のモムさんが座る場所だ。
儀式が始まる。
他の尼さんがモムさんの斜め後ろにモムさんのお母さんが座る場所を作るが、「尼」として来ているのか、座るのを拒む。
おばあちゃんは相当頑固なので嫌だと言ったら絶対に聞かない。
お経が響く。
同じドミに泊まっているカオリちゃんは、じっと手を合わせて瞑想している。
モムさんが腰を落とし、両手をお坊さんの方に突き出して伏せる。
お坊さんはお経を唱えながら、聖水を木の枝に含ませ、モムさんに掛ける。
結婚式でもそうだが、この行為こそが東南アジアでの水掛け祭りの原点なのだ。
それがエスカレートして今日に至っているのだ。

儀式が終わった後、お坊さんと尼さんは新館の部屋を見学して帰る。
横になる人もいれば、興味深そうにまじまじと見る人、屋上で横になってだらける人もいた。

昼過ぎ、飯だと呼ばれ屋上に上がる。
大工さんたちが車座になって座っていた。
ベトナム人の頭領に呼ばれ、座る。
次々に回されるビール。
業務用の洗剤の空き箱に大量に入れた氷が回され、ビールをグラスに注ぐ。
日本式に「カンパーーーーイ!」とグラスを掲げ、ビールを飲む。
鳥の丸焼きや、ご飯が次々に運ばれる。
陽気なクメール人は、何度も乾杯を繰り返す。
本日は無礼講。
普段は飲まないクメール人の女性も酒を飲む。
お手伝いのトマーもビールを口にしていた。
ビソットの子供も、6歳くらいなのにビールをチビチビ飲んでいる。
なかなか度胸のあるヤツだ。
カラオケ大会も始まる。
大音量で曲が流れ、子供がたどたどしく歌う。
運良く、知ってる曲が2曲入っていた。
歌詞は知らないが、併せて歌うことぐらいはできる。
どんどん酒も飲まされ、るーみんは同じグラスに4種類くらいのビールを混ぜられ、悲鳴を上げている。
これから授業らしいが、皆おかまいなしだ。
同じVCDがリピートされるので、歌って踊って大いに盛り上がる。
隣のねーちゃんが、遠目に見ながら目が合うと笑っていた。

祭りとは寂しいことに、時とともにだんだん盛り下がってしまう。
あんなに多くの人がいたのに、人影はまばらになってしまった。
キリのいいところで切り上げる。

道路の所に、先日の偽バイタクがいた。
モムさんにあいつが偽物だと言う。
酔っている勢いもあり、偽バイタクの元まで行き、
「オラ、この泥棒野郎め。テメー、タケオのバイタクでもねーのに、タケオ名乗るんじゃねーぞ、ボケ。今すぐ消えろ、馬鹿野郎」と罵りまくる。
モムさんが勝手に名乗るなのようなことを、言ったのか言わなかったのかはわからんが、何か言っていた。

今日の式典のために帰国をギリまで延ばし、航空券まで買って飛行機でバンコクへ戻る2人がいたので、ビソットの車で空港まで一緒に行く。
最初は高い航空券にためらっていたが、結果として後悔はしなかったようだ。

バイクをスナダイクマエへ預けるために、先生と一緒に行ってもらう。
バイクを預け、モロッポーへ最後の晩餐。
昨日の写真を持って行く。
最近、ンガーの愛想は以前よりかはいいものの、やはりよくはない。
ビッチャラーは、明日帰ると言うと、泣く真似をしてくれて、帰り際は二階から駆け下りてきてくれた。

タケオ前では相変わらず門番を兼ねた賭けトランプ大会開催。
ビソットやティーに明日帰るからと告げ、握手をした。
「次はいつ来る?」
本当は年内に1回か、年明けに1回くらいは来たいのだが、はっきりとしない。
「来れたら4月」
そうとしか言えなかった。

タケオのロッカーに入っている荷物の整理。
置いて帰る荷物と持ち帰る荷物を整理する。
持ち帰る荷物をドミに持って行き、置いて行く荷物を下へ降ろす。
ドタバタしているうちに、以前フィルムを送ってくれたKYOさんと中村さんが到着。
こっちも髪を切ったし染めたので、目の前にいたのに気づかなかったようだ。
本当は昨日来るはずだったのに、日程が変わり、モムさんが連絡がないと、ずっとやきもきしていた。
こちらも明日の支度があるので、あまり話せず就寝。
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by ong-bak | 2004-10-02 08:57 | 写真日記
2004年 10月 01日

1001

もう10月ですね。
日本のみなさんいかがお過ごしですか?
もう涼しいかと思います。

カンボジアでの滞在も、残すところ2日。
明後日はタケオ新築パーティーのため、実質今日がラスト同然。
バイクであいさつ回りに出かける。
こうやって考えると、シェムリに知り合いが大分増えたと思う。

まず、アンコール遺跡群へのチケットゲート。
本来、ここを通過して遺跡公園内へ入る場合はチケットの提示が必要なのだが、俺は既に顔を覚えられている。
外国人の不法通過を取り締まる警官も俺を知っている。
いつも通過するときはクラクションを鳴らして挨拶をすると、あっちも手を振ってくれる。
「俺、明後日バンコクへ行って5日に日本へ帰るよ」
そう言うと、「おー、そうか。次、いつ来るんだ?」と聞かれる。
本当は、もういつ来れるかわからない・・・そう言うべきなのか。
でも、俺は「たぶん、来年。・・・4月くらい」としか答えられなかった。
それは、あくまでも俺がシェムリに次に着たいという希望でしかなかった。

次にアンコール・ワットの前の物売り軍団に会いに行く。
アンコール・ワットの前にバイクを乗りつけ、顔見知りを探すが、これまた一人も知ってるのがいない。
仕方なくパスして、アンコール・トムへ。
ここのバプーオン近くのレストランでいつも世話になっている。
バイクを停めるとおばちゃんが、「水?コーラ?」と聞いてきた。
奥から姉ちゃんも出てくる。
「明後日帰るから」
そういうと、発音はしっかり聞き取れないが、姉ちゃんは「サムナン ロォゥー」と言った。
グッド・ラックとういう意味だそうだ。
その言葉は、心に染み渡った。
別れを告げ、テラスの前を通って東へ。
実質、これが今回のラストランだ。

勝利の門を抜け、タ・プロームへ。
ここでもいつも寄る店に寄る。
ここの娘はちゃんと俺の名前を覚えていた。
クメール人には「SHUN」という発音が難しいようで、タケオでは「チュン」と呼ばれ、他でも「スン」とか「ツン」とか呼ばれる。まぁいいんだけど。最近、モムさんやしんちゃんは「エンドー」と呼ぶなぁ。あんま苗字で呼ばれたくないんだけど・・・
挨拶をし、そのまま東へ。
プレ・ループを通り過ぎ、東メボンの北側からプラダックへ抜ける裏道を走る。
普通の旅行者はここを通らないようで、村人が珍しそうにこちらを見ていた。
集落を抜け、バンテアイ・スレイへ行く道を横切って反対側の集落へ。
この集落で亡くなった、戦場カメラマン、一ノ瀬泰造氏の遺体発見現場の近くだ。
(ここは墓になっているが、あくまでも遺体発見現場であり、現在ここにお骨が埋まっているわけではない)
集落の途中でバイクを停める。
ここで撮影して数年経つので、ここの近所の人は俺を知っている。
子どもたちがわらわら集まってきた。
今日はオジジはいないようだ。
高床式の家の下にいたおばさんに「チョムリアップ・スォ」と手を合わす。
タイと違い、ポル・ポト時代に文化を徹底的に破壊されたカンボジアにとって、タイ人の様にいつでもワイ(両手を合わす仏式の挨拶)をすることは少ない。
特に俺のような外国人相手だと、こちらが改まって挨拶するのを見て、慌ててワイを返すくらいである。
「チョムリアップ・スォ」は、こんにちはと言うよりも、「はじめまして」の意味が強いので、目上の人や、久々に会う時に使っている。普段は「スース・ダイ」(よぉ!)を使えば十分だ。
ここでも同じように明後日帰る旨を伝える。
子どもたちも集まり、いつもの様に遊びながら撮影をする。
日本人女ガイドの感じの悪さと、日本人女ガイドはクメール人の男に金を貢いでいることで有名な某旅行会社(クメール人のガイドだんはいい感じ)の赤と白のツートンカラーの車が道を走って行った。
この村に日本人が来るという場所は、一ノ瀬氏の遺体発見現場しかない。
ここは、遺族公認どころか、整備代金とし勝手に金を巻き上げ、一時期は「TAZIO Tシャツ」などまで販売していた。
ついに最大手の旅行会社も、死者を売り物にしはじめたのか。

小一時間過ごし、シェムリへ戻る。
午後はだらだらと荷物をまとめる。
ロッカーの中のいる荷物といらない荷物をまとめる。
クンサムが、ビソットの家にいるマンチが今日はいなかったから死んだ、と言い出す。
クンサムはねずみのように、嫌がることを言って反応を伺う癖があるので腹が立つ。
しかし、数日前に川沿いでマンチを見かけたこともあり、家に帰るビソットに聞くと、「今日は見ていない」と答える。
どうするか考えたが、慌ててバイクに飛び乗り、ビソットの後を追って、ビソットの家に向かう。
いつも俺の顔を見てギャーギャー泣く娘も、ここ数日やっとなつき、表情は硬いものの、ビソットのトゥクトゥクの後からしぶしぶ手を振っていた。
ビソットの家の前を通り過ぎ、数件先の高床式の家に行く。
タケオのバイタクのサレンの家だった。
お前の家、ここだったのか。
マンチ登場。いるじゃん!
するとビソットは、「マンチをタケオに連れて行け」と言う。
マンチはタケオに来るとチュモーとつるんで、なぜか物乞いに襲い掛かるので、モムさんが犬歯を砕いてしまったのだが、まだ噛むらしく、噛まれた相手から金を請求され、モムさんの兄弟の家をたらいまわしにされていた。
ビソットの話だと、近所の鶏を噛み殺したらしく、どうもバツが悪いらしい。
そう言えば、以前、タケオの川向こうの雑貨屋の鶏を追い掛け回しているのを先生と笑いながら見たな。
鶏は逃げまくった果てに、雑貨屋のおばちゃんがマンチに石を投げているをカメラを構えて見ていた。
「モムさんが怒るからダメだよ」と言っても、
「大丈夫、モムさんOK」
脇でうんうん、と首を縦に振るビソットの奥さん。
「モムさんOKなら、今携帯でモムさんに電話してよ」
「い、いや。それはできない。でもモムさんOK」
「だから電話すればいいよ」
「無理」
サレンも「マンチ ダメ」なんて日本語で言っている。
しまいにゃビソットは「バイクに乗せないで、ゆっくり走って着いて来たと言えばいい」とまで言い出す。
「明日、連れて帰るから、今日だけはタケオに連れて行ってくれ」
そう言われ、渋々マンチをバイクの後部席に載せる。
村人は犬をバイクに乗せる姿を見て、笑っていた。
しばらく走ると、いつの間にか降りて横を併走するマンチ。
危ないので抱きかかえ、股の間に乗せた。
両手をちょこんとハンドルに乗せ、けっこう可愛い。これでバライヘ泳ぎに行ったり、写真屋に行ったりすることがある。
少なくとも、カンボジアで犬をバイクに乗せて走っている日本人は俺ぐらいだ。

マンチが乗っているのでスピードは出せない。
道沿いの人が皆こっちを見て指を指して笑い、すれ違う子どもは「チュカエ、チュカエ(犬、犬)」と言う。
わにえんを過ぎたあたりで、猛スピードでこっちへ来るアキラ先生とすれ違う。
こっちを見て、舌をべぇーと出して、走り去っていった。

タケオに戻ると、マンチの姿を見たモムさんが、両手を腰にあて、明らかに怒っている。
「いや、ビソットがモムさんOKって」
「また連れてきて!もう、日本へ一緒に連れて帰れ」
「俺だって日本にコイツ連れて帰りたいけど、おばあちゃんが犬か私かどっちか選べって言うんだよぉ(これはマジ)。ビソットが悪い」
と言い訳を繰り返す。
当の本人(マンチ)は早速チュモーとじゃれている。

すると今度はお手伝いのソォピィアを連れて、プサチャへ行って来いと言われた。
ソォピィアは今年の2月くらいからタケオで住み込みで働いている20歳過ぎの女の子だ。
かつての名物娘、チャンティと同じ村の出身で、チャンティのことも知っているらしい。
彫りが深いがかなりの美人であると思う、たぶん。
なぜか彼女だけが調理用エプロンを持っていて、それが似合う。
最近、呼ぶと「はぁい」とか「ナニ?」と気の抜けた日本語で返してくるのがまたたまらない。
最初は爆笑した。
ソォピィアを後に乗せてシヴォタ通りを走る。
日本人が見たら、後にクメール人を乗せてて不思議に思うのか?なんて思っていると、アンコールマーケットから出てくる先生とまたすれ違う。
「ソッピー、恋人いるの?」
お手伝いの女の子たちが、前、ソォピィアは地元に彼女がいてもうすぐ結婚するんだなんて言っていたから聞いてみた。
「いるよ」
「年はいくつ?」
「23」
「名前なんてーの?」
「…知らない」
どう結婚の話はウソのようだった。
プサチャの前にバイクを停めてソォピィアを降ろす。
バイクの向きを変えて、少し待つとすぐにソォピィアは戻ってきたのでタケオに帰る。

夜は、ここ数日タケオで一緒に過ごしてきた女子4人組(みんなばらばらで来た)とトンレサップのビアガーデンへ。
途中で雨が降ってきて、レインコートを着る。
バイクのライトが弱いこともあり、有視界は5メートル。
肌寒い。
いつもの店に行って、ビールを注文。
雨漏りがするがそれはご愛嬌。
4人を連れてきたガーが、「鶏肉うまいぞ」と言うので注文する。
ガーはチャムなので肉を全く食べない。誘っても嫌がる。
酒も飲まないので申し訳ないがこちらだけで頂く。
飲んで、転寝して楽しい一日だった。
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by ong-bak | 2004-10-01 09:40 | 写真日記
2004年 07月 26日

0726:新しいケータイ

新宿で買い物しまくり。
ちょっと財布に諭吉が大勢いると、金遣いが荒くなる。
デルタ100を20本、プロ400(ブローニー)5本、レキサーのミニSD128M、海外対応携帯充電ケーブル(各社OK)、USB2.0メモリーカードリーダー、DVD-Rディスク10枚・・・。


先日新しいケータイを買った。auのA5406CA。カシオ製の320万画素CCDを搭載したデジカメケータイだ。新宿の帰り、能見台へ受領しに行く。
今まで(今も)SONY教の信者だった俺は、3年前からauのメモリースティックを内臓し音楽再生ができる型を使っていた。
発売されたのがADやってたころだから、軽く4年以上前の機種だ。
しかも、何をトチ狂ったのか、同じ端末を3台持っていた。
1台は普通に買って使用し、もう1台はMGのメモリースティック込みで新規6800円だったから購入し即解約(白のMG対応MSは当時1万くらいした)。もう1台は同級生の中古を2千円で購入。
去年、1台目が壊れたので、同級生から売ってもらったのを機種変。しかし、すぐにこれもぶっ壊れ、年末から今日に至るまで、SONY独特のジョグ「ぐるぐる」が上にしか行かなかったのである。
電池3個あっても、1個の電池で連続通話が5分くらいしかできない。液晶が半分消える。勝手に電源落ちる。メールが消せない。10件くらいしかデータが残らない。壊れた個所はもっとあるはず。
機種変更したくても、13ヶ月にならないと端末料金高くて手が出せなかったので、壊れたのをだましだまし使っていた。
SONYがなかなかWIN対応機種だ出さないし(8月にやっと出る)、どうもドコモの方に力を入れすぎで、最近のauのSONY端末はダサくてしょうがない。
ちょうど5月ごろ、カシオから320万画素ケータイのアナウンスがあったので、この日を待っていたのである。

早速撮影してみたところ、銀塩プリントは「所詮ケータイカメラ」というレベルだが、PCのモニターで見るには十分耐えられる画質。もうちょっと期待してたんだが、それは贅沢か・・・。

最近のケータイは液晶が綺麗だ。文字も小さくても良く見える。ゲームもできる。音も綺麗だ。
ドコモなんて財布がわりだって。でも、ISとかIVとかICとか細かすぎ。ようわからんぞ。

ああ、今日、ソフマップで「スキャナー付きキーボード」なんて代物を見た。
ファンクションキーのさらに上に、紙を読み込む部分が付いていた。
ゲテモノ過ぎ。気になる方は、新宿のソフマップへ行ってみてくださいな。
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by ong-bak | 2004-07-26 20:27 | 写真日記
2004年 07月 25日

0725:映画をハシゴする

映画をハシゴした。数年ぶり。
昼過ぎからオンバーク(日本名タイトル:マッハ)を観る。
タイでVCDを購入して持っているが、字幕がないため劇場に足を運ぶ。
爽快アクション映画だ。
隣の映画館でハリー○ッターを観ようとしている人は長蛇の列。
対してこちらは場末の映画館に二割の客入り。
こんな面白い映画に興味を示さないなんて。
まるで「めちゃくちゃ面白いすんげぇマイナーな深夜番組」を観ている気分。
その後、スチームボーイを見に行く。
つまらないと噂には聞いていたが、1500円も払って観る映画ではなかった。
レンタルビデオ7泊8日になってからで十分だった。
タダ同然でもらった券で観たオンバークの方が数倍面白かった。
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by ong-bak | 2004-07-25 23:52 | 写真日記
2001年 04月 25日

0425

肩から直接薬を入れ込んでいるCVって機器と体をつないでる部分が数日前から緩んでるってことでチェック。
すると先生、看護婦さんが「あれれれれれれ」と声を上げた。
どうしたんすかー?
「抜けてる」
マジデー!
先生たちの対応を聞いてて気になった。
点滴どこからいるるのかを聞いたら腕と言われる。
いやいやいやいや。
だったら今から麻酔して新しいの入れてください。
という訳で急遽処置してもらいました。
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by ong-bak | 2001-04-25 08:09 | 写真日記