エンドー帝国  カンボジア撮影日記

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2005年 04月 12日

0412:バンコクへ・・・

朝、いつもの電車に乗って成田へ。
これまたいつも通りの朝の飛行機で台北まで飛んで、乗り換え。
現地時間夕方4時過ぎ、バンコク着。
日本と違って蒸し暑いバンコク。
雨季の直前の暑気の地獄の暑さ。
A2のエアポートバスに乗る。
客のほとんどはバックパッカー。
果たして、明日が何の日か知っているのだろうか?
カオサンに着いたとたん、恐らく彼らは地獄を見るだろう・・・
カオサンに到着したバスから素早く降りて移動する。
この国、この周辺国は明日から仏教正月。
浮かれた旅行者が水鉄砲を持って手当たり次第に水を掛けまくっている。
バスから遅く降りた西洋人は、あっという間に標的にされ、全身水浸しだ。
明日の今頃、俺はシェムリにいる・・・


・・・ハズだった。
航空券も予約が取れ、1ヶ月ほどのんびりするつもりだった。3月の頭までは。
しかし、懐具合を見てみると、帝国の財政は逼迫しており、旅どころじゃなかった。
とっくに行く気はなくしてたものの、航空券のキャンセルをしておらず、つい数日前に慌ててチャイナエアラインのオフィスに電話してキャンセルした。
どっちみち航空券が行方不明なので乗れないのだが。
どこ行ったんだろう、航空券・・・

b0003143_1563060.jpg保健所に寄ってからバイトへ向かう
保健所は、昔はなんだかぼっろい、汚い建物だったのだが、いつの間にか横須賀駅の裏に建ったでっかいマンションの下に、市の施設がすっぽり移転していた。
桜ももう最後だと思い、持ってきたカメラで町並みを写す。
そのまま、足は山を登って安針塚へ。
安針塚は、かつてウィリアム・アダムスというイギリス人が日本にやって来て、その後三浦安針と名乗った人物がいた。
江戸時代のことである。
彼と妻の墓が、山の上にあり、そこは桜の名所となっていた。
桜谷と名づけられた桜の植えられた斜面は、そよ風が吹くと桜の花びらが雪の様に舞った。
前に来たのはたぶん小学生だろうから、15年以上ぶりか?
時間がなく、逸見駅側から登って、反対側の安針塚駅方面へ降りただけだった。
坂の下に変電施設が建っていた。
不気味な重低音を発している。
変電所のすぐ近くの駐車場を突っ切った山肌に、先日問題になった洞窟発見。
しかも超デカイ。
報道された通り、我が神奈川県は、鹿児島の次に防空壕が多い。
市内はともかく、うちの町にもぼっこぼっこ穴が開いて、今でも残っている。
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あれは、小学校4年だったと思う。
誰かが、町外れの寺の境内の防空壕跡に、「カンオケ」があると言い出した。
記憶があいまいだけど、俺とけんちゃん、ひだのゆーちゃん、川名、江崎君もいたかな?武田もいたか?まぁ、覚えてないけど、そんな感じのメンバーで寺に向かった。
その頃は、まだ野良犬がけっこういて、その日も寺の中で野良犬が加わった。
「オマエが行けよ」と防空壕の前でお互いが様子を見合う中、野良犬がとっとこ歩いて入っていって、「オマエは勇気があるなぁ」なんて言っていた覚えがある。
誰かが、中に入って、「カンオケ」を見に行ったのだが、「わぁーーーーっ」と言って出てくるものだから、みんなビビッて「うわぁっーーー」と声をあげると、寺の中からおばさんに見つかって「コラッ」と言われ、蜘蛛の子を散らすように逃げたことがあった。

だから、鹿児島の中学生の気持ちはよくわかる。
俺だって、今でも穴掘るっての好きだもん。
落とし穴も、徳川埋蔵金も・・・。

午後になって雨も降り出し、暇なバイト。
名簿の処分で半日終わった。

今日も行ってきました、公園。
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昨日の雨で、もうほとんど落ちてしまった。
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by ong-bak | 2005-04-12 23:02 | 写真日記


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